駒澤李佳(ホッケー)
1982年6月7日生まれ。大阪府泉南市出身。羽衣学園高校1年の冬にホッケーを始め、高校3年でインターハイ3位に輝き、ユース日本代表にも選出される。天理大学入学後も中心選手として活躍。大学4年の時にアテネ五輪代表に選ばれ、日本の五輪初ゴールを決める。卒業後はグラクソ・スミスクラインに所属。チームではFW、日本代表ではMFとして活躍。
2008年はいよいよオリンピックイヤー。北京五輪への出場権をいち早く獲得し、メダルを期待されているのが現在世界ランク6位の「さくらJAPAN」ことホッケー女子日本代表だ。初出場となった前回のアテネ五輪では8位入賞を果たし、代表監督である日本ホッケー界のカリスマ恩田昌史監督の指導の下、強化を進めてきた。アテネ五輪で代表を務め、北京五輪でも大活躍が期待される、大阪出身の駒澤李佳選手に北京五輪への意気込みを聞いた。
4年前の悔しい思いを糧に成長
―アテネ五輪の金メダルチームであるドイツと、大阪・長居球技場と天理・親里ホッケー場で行われた女子ホッケー日独国際交流試合で5試合行いました。対戦して何か感じたことはありますか。
駒澤 アテネ五輪の時は手も足も出ないという感じでしたが、日本チーム全体としてのレベルアップが出来ていますし、自分自身も含めて4年前に悔しい思いをしたメンバーがしっかり頑張って、それぞれの力をつけてきましたから、差は徐々に縮まっていると感じています。けれども相手はチャンピオンですから、まだまだ課題ばかり。自分たちもこれから伸びると信じて頑張っています。
―今年度は北京五輪に向けて、合宿や海外遠征など245日にも上る強化日程が組まれているそうですね。
駒澤 練習量が多くなったことでチームワークが良くなってきました。練習だけではなく、私生活も一緒になるので、ホッケーだけではなく、普段のリラックスしているときにもすごくコミュニケーションがとれ、結束力がついたと思います。
ホッケーとの出会いは高校1年の冬
―駒澤選手は高校生の時にホッケーを始められたんですよね。最初は助っ人だったと聞きましたが。
駒澤 高校では「帰宅部」でした。それが高校1年の冬に同じクラスのホッケー部の友達が「3月に選抜大会があるけれど、部員が2人足らないので助けてくれないか」と言ってきたんです。予選は他の部から部員を借りて勝ったらしいのですけど、「3月までの3カ月間だけ仮部員としてならいいよ」とホッケーを始めたんです。今まで見たこともなかったし、ホッケーをしたくて羽衣学園に入ったわけでもなかったのですが、自分が上手くなっていくのを感じられるのがすごく楽しくて、大会後正式に入部しました。
―その後進学した天理大学で、日本女子代表監督である恩田監督に出会われたわけですが、監督はどんな方ですか。
駒澤 恩田監督には大学時代にホッケーだけではなく、人との対応の仕方や人としての礼儀のことなどをいつも厳しく言われました。人間としてすごく成長できたと思いますし、私たち選手のことをすごく考えてくださってるというのを感じます。今もそれは変わらないですね。
―高校からホッケーを始めて大学生でアテネ五輪に出場、現在も日本代表ということは、駒澤選手にホッケーが合っていたのでしょうね。
駒澤 ホッケーを知らずにたまたま誘われた私が、日本代表まで上がってこれた。縁というか運命というか。今まで色々なスポーツをやってきましたけれども、ここまでのめり込めて、登り詰めたのはホッケーだけ。誘ってくれた友達には本当に感謝ですね。今の代表チームには30代から高校生までいますが、幅広い年齢の仲間にも出会えたことも、感謝といいますか嬉しいことです。
北京ではメダル、そして歴史に残るような活躍を
―「さくらJAPAN」において駒澤選手はどういう役割を求められているのですか
駒澤 私のポジションは、左の2列目、レフトハーフなんですが、攻撃参加はもちろん守備もしっかりとこなすポジションなので、中盤での安定したプレーはもちろん、フォワードのように積極的に動く、時にはフォワードを追い越していくこともあります。自分の良い点は幅広く動けることですから、その持ち味を十分に出していきたいです。
―では、北京五輪に向けての目標をお聞かせください。
駒澤 メダルです。アテネの時は何が何だか分からないままで、ただ一戦一戦大事に勝っていかなきゃということしかなかった。次の北京ではメダルが目標です。個人としては、アテネ五輪の時に日本の初ゴールを決めたのが自分だったんですよ。北京でもそういった歴史に残るような、例えば私の1点で試合が決まったとか、金メダルが決まったとかになればかっこいいですね(笑)。
―読者にメッセージをお願いします。
駒澤 まずは私たちの試合を、ぜひ一度観に来て欲しいです。観ていただければ、ホッケーが格闘的で激しいスポーツだということなどが分かると思います。ホッケーをメジャーにしたいのです。とにかく興味を持っていただきたいですね。
インタビュー当日に行われたドイツとの国際交流試合では、見事なダイビングシュートを決めた駒澤選手。チームも格上のドイツ相手に5試合を2勝3分けで終えるなど、着実に力をつけている。「さくらJAPAN」が北京五輪の表彰台に立つことも決して夢物語ではないだろう。
(2007年11月2日天理・親里ホッケー場にて)

