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「地元大阪で北京への切符を掴みたい」大崎悟史選手(NTT西日本)
「地元大阪で北京への切符を掴みたい」大崎悟史選手(NTT西日本)

写真提供:NTT西日本陸上競技部写真提供:NTT西日本陸上競技部

大崎悟史(男子マラソン)
1976年6月4日生まれ。大阪府堺市出身。清風高―山梨学院大学―NTT西日本。NTT西日本に入社当初は異色の「営業マンランナー」として注目を集める。04年の東京国際で2位に入ったのを機に競技中心の生活へ。06年のドーハアジア大会では2位と同タイムながらも写真判定の結果3位に。ドーハの暑さの中での走りを評価され世界陸上代表に決定した。

 2007年8月25日午前7時、男子マラソンのスタートとともに、第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会は幕を開ける。代表に選ばれた大崎悟史は、陸上競技中心の生活を認めてくれた会社への恩返しとして、営業マンとして走り回っていた大阪の街をマラソン日本代表として駆け抜ける。

営業マン時代の思い出の地

―世界陸上代表決定おめでとうございます。今回特に地元・大阪での開催ということもあり、レースにかける決意も大きいかと思いますが。

大崎 世界陸上というのは2年に1回の大会で、一生のうち大阪で開催されるというのは、あるかないかのところ。それを31歳という一番いい年齢で今回代表に選ばれたというのはうれしく思っています。

―もともとNTT西日本大阪には陸上は同好会しかなく、営業担当としてフルタイム勤務をこなした後に練習を行うという「営業マンランナー」として一時期注目を集めていましたね。当時の担当エリアが今回のコースとか。

大崎 営業で玉造の周辺などを自転車でぐるぐる回っていました。実はまだ詳しいコースを理解していないんですけど、おそらく全部回ったことのあるコースなので、「ここを通るんだ」というのはすぐに分かると思います。母校の清風高校の近くも通りますし。

―当時は仕事と競技活動の両立は大変だったのでは?

大崎 仕事で夜に練習できないことも多かったですが、陸上で頑張ろうとNTT西日本に入社したわけではなかったので、仕事で練習できないからつらいとは思っていなかった。逆に今まで陸上だけやって来たのとは全く違う世界で、結構楽しく充実していましたね。逆に練習の時にすごく集中できるようになったので、良かったのかもしれない。

結果を残すことが会社への恩返し

―再び、本格的に陸上に取り組もうと思ったきっかけは

大崎 02年の防府で2時間9分台を出したことがキーポイントでした。結果が出たことで「世界のトップでやっていけるのでは」という思いが強くなってきたんです。仕事も忙しくなってきていましたので、東京国際で結果を出して会社に認めてもらい、陸上をもっとやっていきたいという強い思いで大会に挑みました。

―04年の東京国際2位という成績が認められ、陸上部が誕生したんですよね。世界陸上で良い結果が残せると、会社への恩返しということになりますね。

大崎 僕が選ばれたことも、ひとつの恩返しにはなってると思うんですけど、世界陸上やオリンピックに出場して活躍するということがさらに恩返しになるのかなと思います。

―陸上部は今年、清水康次監督に代わりましたね。

大崎 監督は過去に世界陸上に3度出場されていますので勉強になります。いつも言われるのは、大阪の世界陸上はあくまでも通過点ということ。自分では世界陸上と北京が大きい目標でその先は考えられていませんが、監督には12年のロンドン五輪までできるという思いがあるみたいです。監督が代わって初めての大会なので、まずここで結果を出して応えたいという思いがあります。

―暑い大阪での大会で、コンディションづくりも大変かと思いますが、体調はどうですか

大崎 アジア大会、ニューイヤー駅伝と続いて走ったので疲れが残り、練習も抑え気味の中でトラックシーズンに入りましたが、まだ時間があるので焦りはないです。4・5月でスピードを磨いてマラソン練習に入りたかったんですけど、これはこれで良い経験。春の記録会、関西実業団陸上を欠場し、その分、練習に集中できています。万全の体調で大会当日を迎えられるようにしたいです。

観客の声援が励みに

―観客にここを見て欲しいという点はありますか?

大崎 選手が前を通るのは一瞬ですけど、テレビでは感じることのできない速さを感じられるので、ぜひ観に来て欲しいと思います。自分が昔マラソンを応援しに行ったとき、一流選手が走る姿を目の当たりにしてすごく感動したので。選手としても声をかけてもらうと励みになります。

―世界陸上、そして北京五輪に向けての思いは?

大崎 北京につなげたいというのがひとつの目標なので、最低でも日本人トップの3位以内、もちろん出る以上は優勝を目指して頑張りたいと思います。小さい頃はオリンピックは夢の存在で、まさか自分自身がそこまでになるとは思ってもいなかったけれど、前回のアテネの選考の時に選ばれず、発表後はすごく悔しかった。世界陸上で結果を出して北京五輪に選ばれることが、成長した証になると思います。北京は夢じゃなくて達成したい目標。地元大阪で北京へのチャンスを掴みたいです。

 地元大阪でのレースにかける思いは誰よりも強い。暑い大阪の夏を知り尽くしているのは大きな強みになるはず。8月25日、大崎悟史がトップで長居陸上競技場に戻ってくる姿を今から楽しみにしたい。

(取材 2007年5月21日NTT淀総合運動場にて)