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「セレッソファミリー」

「チームとサポーターはまるでファミリーと同じ。」「サポーターは僕のファミリーだ。」
サッカー界では、クラブ・チーム・選手らと、ファン・サポーターとの関係を「ファミリー」という言葉で表すことは、もはや当たり前になっている。
先日、愛媛に移籍した選手も僕らのことを「ファミリーみたいなもの」と言ってくれた。
こういうことを選手や監督なんかの口から言ってもらえると本当にすごくうれしい。
「ああ、このチームや選手を応援していて良かったな」なんて思える瞬間でもあります。
しかし、このファミリーって言葉は本当はとても意味深で、難しく、やっかいなものではないかなと最近は思っているんです。
日本語でいうところの「家族」ってのがファミリーですよね。
家族って、元は他人の二人から始まり、やがて増えていくもの。そして血縁という見えない糸でむすばれていくものだと思います。
最初はすごく楽しい二人の時間から、血縁というものが生まれ、そしてそれを育み、励みにしてがんばるわけですが、その過程の中で、「泣いたり、笑ったり、怒ったり」しながら、
ときには、「こんなものいらない」とさえ思うような試練をうけることがあります。
人間が所属する団体でもっとも自然で、必ず最初はどこかに入っているのが「ファミリーだと思います」1人では生まれてこれない以上、必ずファミリーの中から生まれないとおかしいのが人間なんです。毎日笑っていたいけど、そうもいかないときもある。怒りたくはないのに、怒らなくちゃいけない場合がある。いっしょに泣きたいのに、ガマンしなくちゃいけないときもある。互いが互いを信じ、時にはガマンをすることが相手を思いやることになり、時には黙ってしまうと、なんとなく話しづらくなり、そのままになってしまうこともある!
やがて、飽きてしまったかのように、話さえしなくなることだってあるようだ。
しかし、ここまで考えてみるとセレッソが弱くなったりすると、「試合に行きたくない」
とか、「なにやってんだあ!」って思ったり、試合に勝ったりすると、大喜びで「よくやったあ!」選手に偶然出会ったりすると大騒ぎする僕らはやっぱりファミリーなのかなって思います。
いつまでもセレッソを応援していたいな。
時には叱りつけることもあるかもしれないが、それだって「ファミリーの証」。