「駅伝はなぜ”たすき”をリレーするんですか?」
質問者:「炎のランナーさん/15歳」
なぜ”たすき”なのかも、いつから”たすき”が使われていたのかも、今のところはわかっていない。だが、駅伝が日本独特のスポーツということは、確かなんだ。

◆ なぜ「たすき」なのかは今も謎

 ―残念ながら「たすきを使ってのリレーがいつから始まったのか」「なぜたすきなのか」について確かなことは、わかりませんでした。もし知っている方がいれば、ぜひ教えてください。ここからは私の推測で考えてみます―
 そもそも、駅伝という言葉は、日本最古の歴史書「日本書紀(720年:奈良時代)」にも載っているほど古くからあるんだ。「駅」というのは、もともと街道の所々にある休憩所や宿場のこと。そこで馬をつないで水を飲ませたり、休ませたりするから漢字に馬がついているんだよ。

 平安時代に作られた歴史書「日本三大実録(にほんさんだいじつろく)」のなかでも、「駅伝貢進(えきでんこうしん)」という言葉が登場する。
 「駅伝貢進」とは、大化の改新の直後、律令制のもとで完成した通信制度のこと。都と国を結ぶ道に一定の間隔をもって「駅」を設け、各駅に伝馬(でんま)を置き、交通手段のためや、重要な手紙や書類・お金などを馬を使って届けるために作られたんだ。今で言う「通信網」が、駅によって完成されたということだ。
 鎌倉時代に入ると「飛脚(ひきゃく)」という人間も駅々を走るようになる。彼らは、リレー形式で駅から駅へと荷物や手紙を運んだ。京都から江戸までの「東海道」の駅(宿場)は1区間20km間隔で置かれているので、1人当たり20kmを走ることになるね。ちなみに、大阪・江戸間までの距離を、飛脚は6日〜7日で運んだとされているよ(※徒歩なら2週間はかかる)。

◆大会として開かれた駅伝競走
 実際に「駅伝」という名前でリレー競走が開かれたのは、1917年(大正6年)のことだった。先に述べた「駅伝貢進」から、その名を取ったとされているよ。
 大会の正式名は「東海道五十三次駅伝競走」。京都三条大橋から東京忍池(しのばずいけ)まで516kmの距離をリレーするという、とてつもなく長い距離を走るもの。関東チーム・関西チームに分かれ、一人20kmずつ昼夜問わず走り続けたよ。結局のところ、関東チームは41時間45分で、関西チームは43時間8分で、走りぬいた。
 その大会のときには、「たすき」がおそらくかけられていたんだけれど、これが「たすき」の始まりとは、言えないんだ。私は、もっと以前からあったと予想しているのだけど、証拠がないので、なんとも言えない。飛脚が荷物を持って走るときに着物の袖が邪魔にならないよう、たすきをしていたことが始まりという説もあるよ。
 最後に「なぜたすきなのか」という質問だけど、考えられるのは、バトンを渡すよりたすきの方が便利だということ。長距離を走る際にバトンを手に持つのは邪魔だよね。たすきの方が走りやすいということがあるんじゃないだろうか。
 わからないこともある駅伝だけど、駅伝が日本で考案された日本独特のスポーツであることには間違いない。
 古く奈良時代までさかのぼる、駅伝。
 駅から駅へと人々の思いを伝え運んできた心の「たすき」は、駅伝競走として今の日本人の心にもしっかりとかけられている。それだけは、確かなことだね。

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