中学に入ったら野球部に入ろうと考えているのですが、先輩・後輩の関係がとても厳しいと聞いています。どうしてそんな上下関係があるのでしょうか?
質問者:「松坂大好きさん 12歳」

スポーツの世界は本来、年齢、階級、人種、社会的地位などの違いを無くしてしまうもの。その世界に上下関係があるのは日本独特で、不自然なことなのだ。

◆年齢や階級や人種の区別をとりはらってしまうのがスポーツ

 せっかく入部しようと決めてクラブに厳しい上下関係がある。もちろん同じクラブの仲間になる限り、挨拶や礼儀は大切なこと。年上の人に敬意を払うのも、当然のこと。けれど、「先輩の命令には絶対従わねばならない」「先輩の洗濯物を洗わねばならない」「レギュラーはまず先輩が優先される」とか、少し首をかしげたくなるような上下関係もあるよね。
 実は、そんな厳しい習慣は日本独特のものなんだ。世界を見てみると、スポーツというのはむしろ上下関係や階級などを壊してしまう世界なんだよ。
 例えば11世紀から13世紀にかけて中世のフランスに「ラ・シュール」というスポーツがあった。ルールはごく簡単。今のサッカー・ラグビー・ホッケーを混ぜ合わせたようなものだった。2チームに分かれてボールを蹴ったり投げたり、棒で叩いたりして、ゴールに持ちこんだチームが勝ち、というゲームだ。
 「ラ・シュール」は、クリスマスや復活祭などのお祭りの頃に行われたんだけれど、そのときだけは、当時の厳しい階級社会が一切取り払われてしまったんだよ。僧侶・貴族・農奴・商売人・・、お金持ちも貧乏な人も、すべての人が一緒になってボールを奪い合い、ゲームを楽しんだ。
 つまり、スポーツというのは本来階級・人種・全ての社会的なものを壊して、遊ぶものなんだ。
 その階級を取り払う習慣が時代を経て、実力主義の世界へ変わってくる。
 学歴や社会的地位があろうがなかろうが、実力さえあれば国の代表に選ばれるし、スター選手にもなれる。
 スポーツにおける実力が全てであること。それがスポーツの大原則となったんだね。

◆スポーツを教育の場にもちこんでしまった日本
 上下関係も全くない実力主義の世界、スポーツ。それが日本に伝わったのは明治時代のこと。だけど、当時の日本にはスポーツを受け入れる文化的な環境がなかった。
 なぜかというと、日本には団体で行う競技がなかったからだ。相撲や剣道など、個人が戦う競技はあったけれど、野球やサッカー、ラグビーなど団体で勝敗を競う文化がなかった。走る速さを競い合ったり、泳ぐ速さを競い合うという考え方もなかった。だから、そのような競技を行う場所もなかった。
 君も、例えばご飯にミルクと砂糖をかけて食べることに、抵抗があると思うんだ。実際にイギリスでは「ライス・プディング」と呼ばれ、多くの人に親しまれているんだよ。でも君は抵抗を感じてしまう。それは、ご飯にミルクと砂糖をかけて食べるという文化がないからだね。
  同様に、スポーツも日本にとって受け入れる文化がなかったんだ。そこで、欧米から伝わったほかの文化(西洋の思想や科学、建築技術など)と同じように、スポーツも、最初は、大学を中心とした教育の場で受け入れることになったんだ。
 けれど、教育とスポーツって全く正反対のものだよね。教育の場は先生を敬い、年上の人を敬い、知識、智恵のある人を尊敬しなければならないとか、社会のルールを学ぶところだ。
 その教育に、階級も年齢も学歴も全く関係ない、スポーツが入ってきたらどうなるだろう? 教育の場では、実力さえあればいいんだ、という考え方を、スポーツを通して教えるわけにはいかないから、スポーツを通して、社会のあり方を教えなければならない、という考え方が生まれた。そこで、先生・先輩を敬わねばならないという上下関係が、「きまり」としてできてしまったんだ。
 しかも、もともとスポーツはそういう規律を壊してしまう世界だ。壊れないようにするために、さらに「きまり」を厳しくする必要があった。それが、日本の「学校スポーツの世界」で異常なまでに「きまり」が厳しくなってきた原因なんだよ。

◆現状を変えるのは君自身だ
 スポーツをすることによって、結果的に教育的な意味があるのはいいことだ。
 けれど、スポーツそのものは教育ではないんだ。本来は実力の世界。そこに、社会的な上下関係を持ち込んでしまったから、無理ができてしまう。そのゆがみが君の不安のもとになっているんだね。
  では、どうしたらいいんだろうか?
  こんな例があるよ。
 ある大学のサッカー部は、後輩が先輩にボールを渡すときには、必ず手で渡さなければならないという決まりがあった。このルールに、一人の大先輩がものすごく怒った。そして言ったんだ。「サッカーはボールを蹴るものだ。足で蹴って渡せば練習にもなるのに、手で渡すとは何事だ?」って。昔は、そこまで厳しくなかったのに、最近のほうが「きまり」が厳しくなってしまっていたんだ。この言葉は、現在Jリーグのチェアマンをしている川渕三郎さんが言ったものだ。
 川渕さんを始め、ヤクルトの古田さん、ラグビーの全日本監督の平尾誠二さんなど、他にも自分たちの環境を自分たち自身でよりよいものに作り変えてきた選手がいる。先輩後輩の強制された上下関係などでなく、自然な感情での人間関係のなかで、スポーツを楽しみ、実力を伸ばし、チームを強くしてきた人たちが大勢いる。
 君の心配している上下関係というものは、クラブに入る限り、今の段階では仕方ないことかもしれない。
 だけど、君が本当にスポーツを好きなら、これからの日本の学校スポーツをどういうふうに変えていきたいかを考えてみよう。君のこれから経験する上下関係を、どう解決していくべきなんだろう?
 いまの多くの学校に残されているような、厳しい先輩後輩の上下関係を、そのまま後輩につなげていくのか。つなげていって、自分が先輩になったときに、偉そうにして、それで満足できるのか? それでスポーツが楽しめるのか? それで、技術が向上するのか? スポーツが強くなるのか? それとも・・
 これから先は君自身が、答えを出すことだ。

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