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「ナカ〜タ効果」。日本での欧州サッカー人気に火をつけた張本人の中田英寿選手に敬意を表して、密かに私はこう呼んでいる。そう、フランスのバスケットボール人気、特にNBA(アメリカプロバスケットボールリーグ)人気に火をつけたのは、ひとりのフランス人選手の活躍だった。トニー・パーカー。2003年NBA優勝を飾ったサンアントニオ・スパーズの、ポイントガードである。
それまでバスケットボールの話題というのは、時々、スポーツ新聞の半ページ位をにぎやかす程度だった。アメリカ4大スポーツの放映権を持つ大手衛星放送局カナル・プリュスは、毎年プレーオフの肝心な試合だけを放送していた。ちなみにこの放映局、アメリカンフットボールならスーパーボール、野球ならワールドシリーズは中継が入る。あとは毎週1度、1時間枠のアメリカスポーツ総合番組でお茶を濁すだけ。
しかし2003年以降、状況はまるで変わった。スポーツ新聞はほぼ毎日、NBA・フランス国内リーグ報道に1ページ裂くようになる。週に1度の1時間枠で足りなくなった衛星放送局は、週末深夜にバスケットボールの試合中継を開始。さらに2003年10月にはNBA+というバスケット専門放送局さえオープンした。オフシーズンにはパーカー本人があちこちのバラエティ番組に引っ張りだこ。TVニュースで「トニー・パーカーがフランス代表招集を辞退しました」なんていう話題さえ普通に紹介されたりするようになった。さらにあのジダンよりも高いらしい年俸や、アメリカにあるプールつき豪邸についてもあちこちのメディアで噂された。これぞまさにトニー・パーカー効果!
ただしフランスにバスケットボール人気が浸透し始めたのは、実は意外と早く1970年代前半のこと。アクロバティックな米国バスケット集団「ハーレム・グローブ・トロッターズ」のテレビシリーズが放映されたおかげで、まずはフランスの子供達がすっかり魅了されてしまったのだ。そしてその子供達がちょうど大人になる頃、1987年にフランス国内プロリーグは開幕した。
他のアメリカンスポーツがフランスではイマイチ認知度が低いのに対して、バスケットボールがあっさり受け入れられたのはやはり…、競技場の両端にゴールがありそこにボールを入れる、という欧州人の大好きなサッカーと同方式だったことが大きいだろう。しかもスピーディーで展開が速い。もちろんアイスホッケーも同様だ。フランスでも寒冷地では盛んに行われ、国内4部リーグまで存在している。ただしいかんせん「首都」のパリにクラブがないせいか、ローカル人気に留まっている。ちなみに大多数のフランス人は野球やアメリカンフットボールを「スポーツ」とは理解していない。どうもチェスやビリヤード同様の「ゲーム」だと思っている節がある。
欧州全体でバスケット人口が増えたことも、フランスでのバスケットボール定着を促進するのに一役買った。欧州リーグや欧州カップ戦が整備され、国際マッチが多くなった。その中で東欧諸国が圧倒的実力を誇り、大国を自負するフランスの意地は煽り立てられっぱなし。残念ながらフランスのクラブは、まだまだ強豪からは程遠いのだ(今年の欧州リーグは2クラブ参加で、現在両者ともグループ最下位)。
バスケットボールのファッション性も、若者を惹きつける要素のひとつかもしれない。NBA選手たちの髪型やタトゥー、アクセサリー、そして独自のシューズデザインは、ヒップホップ系モードの流れを組んでいる。アフリカ系・カリブ海系住民が非常に多いフランスではヒップホップ人気が高く、つまりNBAファッションに憧れる若者が多いのは自然なこと。それにしても彼等はヒップホップファッションが良く似合う!こうして徐々に育まれてきたフランスバスケットボールは、トニー・パーカーの登場と共についに人気沸騰するに至ったのだ。もちろんパーカーの成功は、フランスバスケットボール界が十分に成熟した証でもある。父親がアメリカ人で、しかもバスケットボール選手だったとは言え、パーカーはフランスのクラブで育成され、フランスでキャリアの第一歩を踏み出したのだから。
現在、NBAで活躍するフランス人プレーヤーは増加の一途をたどっている。トニー・パーカーの成功が、フランス人プレーヤーの世界的信頼度を高めたのだろう。そう、これも「ナカ〜タ効果」と似ている。中田英寿選手の成功が、欧州スカウトたちに「日本はいける」という意識を植え付けたように。そして街角では、屋外公共コートへ急ぐ小・中学生の姿を多く目にするようになった。仕事帰りに、「コートへ行けば誰かいる」と、ふらりとコートへよる社会人も見かける。大人と子供が一緒に試合することもしょっちゅうだ。遠い海の向こうのNBAやメディアの世界だけではない。フランスのバスケットボール人気は、こうして確実に、根付き始めている。
宮本あさか@パリ
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