NHL存亡の危機とアメリカスポーツビジネス-後編-

サラリーキャップや贅沢税は何のため?

サラリーキャップや贅沢税のシステムの目的はもちろん選手の年俸の高騰を抑える事であるが、その背景には各チームの平等な競争を促進する事が大儀として存在している事を忘れてはならない。高い給料の選手を受け取る選手は、当然他の選手よりも高いパフォーマンスを誇るからである。能力の証明された高額年俸の選手ばかりを集めたチームが給料の安い選手ばかりを集めたチームに比べて有利になるのは明らかである。そうした状況を少なくする為に、つまり、こうした「年俸コントロール」の制度はお金のない弱者にお金持ちの強者と競争するチャンスを与える為のシステムなのである。

これを聞いて少し疑問に思う人もいるかもしれない。この資本主義の世の中、自由競争が保障された社会において、「戦力の均衡化」を図るようないわゆる社会主義的な制度が設けられている事に疑問を抱く人も多いはずである。例えば、ある自動車メーカーがヒット作を生み出し、その収益を次なる新製品の開発につぎ込み、次のヒット作を生み出していく事は、MLBのニューヨーク・ヤンキースが、自分達が儲けたお金を選手につぎ込み、更に強いチームを作って行く事と同様である。そして、「サラリーキャップ」や「贅沢税」はこの自動車メーカーに「儲けた分は自動車業界の競争を活性化させるために、他のメーカーに分配しなさい」と言っているようなものである。

当然、経済的に潤う「勝ち組」のチームは今後も勝ち続ける為に、自由競争を促す為に年俸コントロールの制度には異議を唱える。一方、負け組のチームはこうした制度は自分達のチーム経営を助けるとあって導入を推進する。

更には、選手達も当然自分達の報酬に上限を儲けられるようなシステムに賛成するはずがない。例えば、10億円の年俸で自分と契約したいと思っているチームがあるにも関わらず、サラリーキャップの制度が存在する事によって5億円しか受け取れないとしたら、選手がそうした制度を歓迎するはずがない。ここまで書けばわかると思うが、CBAの交渉というのはいわば「自由競争を望む選手と勝ち組のオーナー」対「負け組のオーナー」の戦いなのである。

NHLの向かう先

スポーツリーグを考える時、リーグを「競合するチームの集合体」とみるか「協同するチームの集合体」とみる二つの視点がある。極端な例だが、前者は個々のチームがそれぞれの「企業」として競い合うリーグであり、自由競争が保障された弱肉強食のリーグである。一方、後者はリーグそのものを1つの「企業」と捉え、個々のチームはその企業の部門のように考える。つまり、チームはお互いに競い合いつつも、「リーグの発展」を共通の目的として存在するリーグである。

ここでこの二つの視点をモデルに、NHLが今後どのような方向に向かうのか考えてみよう。前述したように、NHLの選手会側がサラリーキャップの導入を受け入れる事は考えられないので、今のところNHLが後者に向かうとは考えられない。それでは、前者を取るとしたらどうなるだろうか。つまり、チーム同士の完全な自由競争を推進し、それについていく事ができないチームを切り捨てて、勝ち組だけでリーグを運営していったらどうなるだろうか。

昨シーズンのNHLでは、2チームが破産申請をするという異常な事態に遭遇した。これだけでなく、現行の制度が維持されて大きな改善がなされなければ、既に赤字を記録している19チームの多くがNHLからの脱退を余儀なくされるだろう。更に特筆すべきは、カナダにフランチャイズを置くチームのほとんどが財政危機に直面している点である。ホッケーを国技として愛するカナダからNHLチームが消える事も考えられる。カナダ国民だけでなく、多くのNHLファンが地元のチームを失う事になる。つまり、この選択はNHLのファンにとって歓迎すべきものでは到底あり得ない。NHLを愛するファンの事を真剣に考えるのであれば、後者のリーグ構造を築く事がベストと言っていいのではないか。もちろん、これは筆者の勝手な願望であり、正直なところは何もわからないのである。

スポーツリーグの発展

少し話は変わるが、こうした問題を耳にする時、「スポーツの行き過ぎた商業化」を批判する人が少なからずいるであろう。しかし、それは間違いである。スポーツをビジネスとしてとらえ、リーグやチームを独立したビジネス組織として運営してきたからこそ、アイスホッケーというマイナーなスポーツでさえもこうして4大スポーツ1つとして数えられるまでになったのである。アメリカのスポーツビジネスによって構築されたリーグの構造といえどもまだまだ発展途上段階であり、その過程でちょっとしたバランスが崩れてしまったことによって、こうした問題が生じていると見たほうが正しいだろう。

現に、NHLが今シーズンで終わろうと、ホッケーというスポーツはけっしてなくならず、プロホッケーリーグは形を変えて必ずスタートする。既に新しいホッケーリーグの構想も発表されているし、新リーグでなくてもアメリカには無数のマイナーリーグホッケーチームが存在する。今となっては信じられないかもしれないが、NFLやNBAでさえも過去に何度も消滅の危機を面しながら現在の巨大な組織に成長していったのである。女子スポーツやサッカーのリーグも失敗を繰り返し、生き残る術を探っている。

来シーズン以降、NHLを見る事はもうできないかもしれない。もしかしたらCBA交渉が奇跡的に合意に至り、次のシーズンを戦うかもしれない。NHLに代わってスタートする新しいリーグがNHL並みの規模で成功を収めるかもしれない。いずれの結果になるにせよ1つ確かな事がある。来年以降存在するプロフェッショナルホッケーリーグは、現状のNHLよりも良い形で戻ってくるだろう。「過去の失敗から学ぶ」事がビジネスだとすれば、それはスポーツビジネスの世界にも当てはまるからである。それが、アメリカのスポーツビジネスの底力である。

Reported by 星野太志:アメリカ発

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