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10月はじめの土曜日、FIFA女子ワールドカップTMの準決勝2試合をオレゴン州ポートランドで観戦した。昨年の男子の大会を日本で、そして今年はここアメリカで女子の大会を観戦するという幸運に恵まれたわけだが、男女の大会の両方を経験し様々な思いが頭の中を巡り、筆者にとっては女子スポーツについて色々と考える良い機会となった。
まずは観戦したワールドカップの試合についてだが、想像以上に面白かったし、商品として十分にお金を払う価値のあるものだったと言って良いだろう。会場であるPGEパークには、ディフェンディングチャンピオンでもある地元アメリカが登場した事もあり、仮設スタンドも含めて約3万人の大観衆が試合を盛り上げていた。
今回、筆者自身は初めて女子サッカーというものを生で観戦したのだが、正直なところを言えば当初は試合にはそれ程期待していなかった。男子のサッカーに比べれば当然スピードもパワーも落ちるわけであり、「ワールドカップの雰囲気さえ楽しめれば」と言ったような気持ちで観戦に行った。ところが、試合会場を後にする頃には女子サッカーの面白さに魅了されていた。「女子サッカーもなかなかやるな」とかなりの満足感を得たのである。
しかし、そんな筆者の(そしてその場にいた多くの観客の)満足感とは裏腹に、アメリカでは残念ながら2003年を最後に女子のプロサッカーリーグであるWUSAが活動を停止する予定になっており、もう一つの女子プロリーグであるバスケットボールのWNBAも非常に厳しい経営を強いられている。テニスやゴルフといった個人スポーツとは違い「女性のチームスポーツ」を売る事はアメリカの優秀なスポーツマーケター達にとっても大きな難題なのである。
一方、アメリカの大学スポーツに目を当てると、こちらでは女性のチームスポーツというものが盛んに行われている。全米のカレッジスポーツを統括する組織であるNCAAのディビジョン1(最も上のレベル)に属する大学の多くがバスケット、サッカー、バレーボール、ソフトボールなどの女子チームを持ち、全米各地で激しい競争を繰り広げている。そして、大学卒業後の女性アスリートの受け入れ先があまりないことなどを考えると少し不思議に思うかもしれないが、大学で運動部に所属する女性アスリートの数は男性のそれに肩を並べようとしているのである。
実はこれには一つの大きな理由がある。読者の皆さんはアメリカのTitle IX(タイトルナイン)という法律を耳にした事があるだろうか。いわば「男女教育機会均等法」のようなこの法律が、アメリカの女性カレッジスポーツの発展に大きく寄与しているのである。
アメリカのカレッジスポーツのチームに所属する多くのアスリートは奨学金に頼って学業にあたっている。例えば、NCAAディビジョン1レベルにあるフットボールのチームは合計85名の奨学生を抱える事ができる。大抵の大学はフットボールと男子バスケットボールのチームを抱えているわけだが、これだけでもそれぞれの大学が約100人の奨学生を抱える事になる。ちなみに、各大学がフットボールや男子のバスケットボールにおいて競争力を維持するには優秀な高校生アスリート達をスカウトする必要があるのだが、このスカウトは奨学金なしでは実現しない。つまり、ディビジョン1レベルの大学のほとんどが最低100人の奨学生を抱えていると言って間違いない。
そして、Title IXが大きな効力を発揮するのはここからである。この場で詳しく説明はしないが、Title IXでは「各大学が運動部に所属する奨学生の男女比を一般学生の男女比に近づけなければならない」というような事を定めているのである。つまり、例えば男女同数の一般学生を抱えるある大学が100人の男子アスリートを奨学生として抱えるとすると、その大学はそれに近い数の女子アスリートに奨学金を与えなければならない。前述のように多くの大学はフットボールやバスケットなどで100人以上の男子に奨学金を与えているので、それに近い数の女子アスリートに奨学金を与えなければならない。1972年に制定されたこの法律によって、教育の場での女性のスポーツ参加機会が保障されるようになったのである。
当然、予算には限りがあるので奨学生の数にも限界がある。Title IXが制定され、男性と女性の奨学生のバランスを迫られた多くの学校は、女性の奨学生を増やす代わりに男性の奨学生をカットする事を迫られた。その為、多くの大学がベースボールチームやラクロス、体操競技などといった男子競技のチームを失う結果となったのである。
「男女平等」の原則から考えると納得の論理なのだが、上記のような理由もあってこのTitle IXはアメリカのカレッジスポーツの世界で多くの物議を醸し出しているのだが、それらの多くが「女子スポーツの不人気」に端を発する。
筆者が学ぶオレゴン大学(University of Oregon)の例を紹介しよう。現在、オレゴン大学は13の運動部を抱えるが、その内フットボールと男子バスケットボールだけが「収益スポーツ」と呼ばれ、残りの11競技は「無収益スポーツ」とされる。つまり、収支構造を見るとフットボールと男子バスケットボールの2競技が数億の黒字を生み出すのに対して、男子4競技を含む残りの11競技合計で数億の赤字を計上し、全体ではわずかな利益を上げる収支構造になっている。男女に分けてみると、男子の6競技が全体で数億の黒字を計上するのに対して(もちろんその多くがフットボールとバスケットボールから来るのだが)、女子スポーツは全7競技が赤字を生み出しているのである。
もちろん、これはオレゴンだけの例に過ぎないのだが、この例が多くの大学にあてはまるというのが世論の見方である。(中にはフットボールや男子バスケが赤字になる学校も多くあるという事を触れておくべきだが)。つまり、Title
IXに異議を唱える多くの人の主張は「フットボールやバスケといった男子競技が大きな利益を生み出しているのに、なぜお金を生み出す事のできない女子スポーツに同じだけの奨学金を与えなければならないのか?」というものである。
ここでTitle IXの是非について詳しく意見を述べないが、筆者自身はこの法律にはポジティブな意見を持っている。前述したように、フットボールや男子バスケへの投資が大きすぎてそれらのスポーツが全く利益を生み出していない大学が多く存在するのも事実である。そして、Title
IXはやはり男女平等のスポーツ参加を促す大きな力になっているという点で、今後も守られて行くべきものであろう。
しかし、一つひっかかる点があるのも事実である。以前にTitle IXの保護、推進に関わる積極的な活動を展開する団体の代表と話をした時に、その人が「女性のスポーツがお金を生み出せないからといって、女性のスポーツの場が奪われていいわけではない」と一貫して主張していたのである。確かに、女性のスポーツの場が奪われていいわけはないのだが、逆に「女性のスポーツがお金を生み出す方法は考えなくていいのだろうか」と。
女子にもスポーツ競技参加の機会が保障されている教育の場ではこれで構わないのだが、ビジネスの世界でこの考え方は通用しない。女子のスポーツとは言え、観客を集め、スポンサーを獲得し、テレビの放映権を売らなければリーグとして存続していく事はできない。そうした事が困難な為、WUSAのような悲劇が起こってしまうのである。
今回、女子ワールドカップを観戦して考えたのはこの辺りである。3万人で埋め尽くされたアメリカ女子サッカーナショナルチームの試合。「ナショナルチームの試合は盛り上がるが、リーグには注目が集まらない」と日本のスポーツ界でもお馴染みの問題をここでも目にする結果となったのである。このスポーツ大国アメリカで女子のチームスポーツが売れない理由。それは、単純に商品として魅力が薄いからなのか、それとも何か他の要因があるのか。答えは簡単には見つからないだろうが、考えてみるときっと面白いだろう。
Reported by 星野太志
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