スポーツとして自転車を楽しむために

日本暮らしが長いフランス人企業家が、ラジオで1時間ほど日本での生活について語る番組があった。

「日本はいいですよ、自転車が歩道を通れるんです。徒歩の友達と話ながら、缶ジュース片手に走ったりできますからねえ。」

フランスでは自転車が歩道を通行することは禁じられている。猛スピードで車道やロータリーを突っ切る自転車はいても、歩道をゆっくりと走っている自転車を見かけることはまずない。そのためこんな些細な話でも、人々の興味をそそるのだ。ふと、私がフランス語学習を始めたばかりの頃、あるフランス語ビデオニュースに驚かされたことを思い出した。

「欧州議会の本拠地であるフランスのストラスブールでは、排気ガス公害を避けるために中心部が一般車両進入禁止となっています。その代わり、市内に全長約200kmもの自転車専用レーンが敷かれています。」

中心部の自動車制限を実現しているのには正直感嘆させられた(世界中の大都市が、これを実現化したいと思っているはずだから)。しかしなによりも「自転車専用レーン」というものの存在、そしてそれがなんと200kmもの長さとは…。いくらツール・ド・フランスの国だからといえ、自転車に特別の場所が与えられていることには軽い衝撃さえ覚えた。

ちなみにストラスブールは、深刻な空気公害に苦しんでいる街である。周辺を高い山々に囲まれた盆地のため、汚れた空気が街の上空から逃げていかないそうだ。自動車が制限され、自転車レーンが網の目のように張られ、無公害の電気自動車、トラムが走る現在でも、毎夏ストラスブールでは「光化学スモッグ注意報」が発表されているほど。

実はこんな「自転車の特別の場所」自転車専用レーンは、欧州各国の大都市に張り巡らされている。その代表格はオランダ。フランスで「オランダ風自転車」と言えば「ママチャリ」を指すほどの、自転車大国である。かくいう私はアムステルダム中心部をのんびり歩いていたら、突然猛スピードの自転車が突っ込んできた上に大声で怒鳴られたことが何度もある。まさか3m幅の細い路地の半分が自転車専用通路だとは、私には想像もつかなかった頃だ。

その後ベルリンマラソン観戦に出かけた際は、前日にマラソンコースをレンタル自転車で一周したこともある。街全体に自転車専用レーンが設置されており、車に怯えることなく周囲の歴史的建造物や景色を十分に楽しむことができた。もちろん現在私の住むパリ市内にも、全長197kmもの自転車専用レーン(Piste cyclable)が敷かれている。

ところでこの歩道でもなく車道でもない「自転車道」は、なぜ存在するのか。もちろん環境に優しい自転車を奨励することが第一義であろう。しかし例えばパリの場合、普段の生活――買い物・お迎え・通学・通勤など――に自転車を使用している人は日本に比べて少ないように感じる(もちろん年に数回は苦しめられる公共交通機関のストライキ時だけは別)。スーパーや駅前に自転車が所狭しと並べられていることもない。どうも単なる移動の「足」として自転車が重宝されているわけではないらしいのだ。

疑問の答えを解く鍵は、意外なことに書店で見つかる。まず地図コーナーに行ってみよう。一般地図、自動車用地図などに混じって売り場を占めているのが「自転車用地図」だ。自転車専用レーンや一方通行などが細かに記されたパリ自転車用地図を筆頭に、パリ郊外サイクリング用地図、地方への遠乗り用地図など、ざっと30種類以上の自転車用地図が見つかるだろう。もちろんパリ内外のおすすめサイクリングポイントを事細かに案内しているガイドブックも必見だ。雑誌コーナーに足を運べば、おすすめ遠乗りコースやトレーニング方法、アマチュアロードレース情報満載の自転車雑誌が何冊も揃っている。

ちなみにこれらの書籍で使用されているサイクリングや遠乗りという言葉は、どこかでお弁当を広げることを目的に自転車で移動するという意味ではない。「自転車で長距離を移動すること」それ自体である。分かりやすく言い換えれば、スポーツとして自転車に乗ることだ。

そんな私もパリに来て、自転車をスポーツとして楽しむことを覚えた。我が家の目の前から切れ目なく続く自転車専用レーンでパリの南「ヴァンセンヌの森」に繰り出せば、本格派サイクリストたちに混ざってスピードを楽しめる。同じ自転車レーンを北上してゆけば、30km以上にも渡って「サンマルタン―ウルク運河」の水と緑をのんびり堪能できる。自動車や歩行者を気にすることなく、ただ足を動かし、思うままにスピードを操り、風を感じ、汗を流すことだけに集中すればいい。もちろん小さな水筒を自転車にセットして。辺りを見回せば、たくさんのサイクリストたち。本格ロードレーサー派もマウンテンバイク派、そしてママチャリ派も、みんな「自転車に乗ること」自体を楽しんでいる。

2002、03年の夏、札幌中心部で試験的に車道の一部が自転車専用として解放されたという。札幌郊外には既に自転車レーンが存在するのだが、中心部では初の試み。「すいすい走れて快適」「辺りの景色がいつもと違って見えた」と大好評だったらしいこんな試みは、全国各地で少しずつ広がっているようだ。そしていつの日か遠乗りのためにわざわざ車に自転車を積み込む必要もなく、家の目の前から気軽に本格的サイクリングが始められたら…。環境にやさしく、安全な上に、スポーツとしての自転車が日本でも盛んになるかもしれない、と自転車ロード競技ファンの私は密かに願っているのである。

Reported by 宮本あさか

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