アメリカマイナーホッケーへの誘い

日本ではなかなかお目にかかれないアイスホッケーというスポーツであるが、アメリカでは「4大メジャースポーツ」の一つとして常に人気競技に数えられている。近年、サッカーにその地位を脅かされつつあるという噂も絶えないが、それでもその人気は日本とは比較にならない。

現に、アメリカにはトップリーグであるNHLだけでなく、マイナーリーグであるAHL、ECHL(今シーズンWCHLを吸収)、CHL、UHL、そしてジュニアメジャーリーグと呼ばれるWHLなどのリーグに属するチームが全米中に点在している。「全米中」というのは決して誇張ではなく、北はアラスカから南はフロリダやテキサスまで無数のチームが点在しているのである。そんなアメリカマイナーホッケーの内情に触れる出来事があった。

2月のある日、オレゴン大学の同級生が「俺の友達で昔WCHL(ウェストコーストホッケーリーグ)のチームでプレーしていた奴がいるから紹介するよ」とその元プレーヤーと僕を繋いでくれた。早速電話で色々な話を聞いてみたのだが、アメリカのマイナーホッケー、思っていた以上に興味深い話が色々出てきた。

電話で話したのはケン=ベイカー。ホッケー選手としては少し変わった経歴を持っているので簡単に紹介したい。大学時代、東海岸の大学ホッケーチームのゴーリー(GK)として活躍。プロ入りも有力視されていた彼だが、脳にできた腫瘍が原因でホッケー選手への夢を断念。大学院でジャーナリズムを勉強した後、雑誌のライターとして生活していた。脳の腫瘍を無事に取り除き、健康と同時にホッケー選手への夢を再び取り戻した彼は、その数年後にライターを続けながらマイナーチームのトライアウトにチャレンジし選手として復帰。その彼が昨年までプレーしたのがWCHLのベーカースフィールド=コンドルスである。

WCHLはカリフォルニア州サンディエゴからアラスカ州アンカーレージまで、アメリカの西海岸全域をカバーするリーグである。NHLとの直接の関わりはなく、ここで活躍した選手がNHLに行くケースは稀であり「独立リーグ」という表現の方が相応しいかもしれない。このWCHLについて少し紹介しよう。

チーム経営を助ける為に、リーグでは厳しい「サラリーキャップ制」をもって選手の年俸をコントロールしている。選手がチームと契約できるのは主にシーズン中だけで、給料が支払われるのはわずかに半年間。最低は半年で100万円弱、最高の選手でも300万円程度の給料である。シーズンオフになると契約を切られる為、全ての選手が他の仕事をする。ケンのようにライターとして他の才能で食べて行くものもいるが、やはりアルバイトなどで食いつないでいく選手がほとんどである。

更にこのリーグがシビアなのは「1チームが持てるベテラン選手の数」を制限している点である。長くリーグでプレーしている選手は当然実力があるわけで、各チーム是非とも欲しい存在である。しかし、そういう選手は給料も高い。そこで、「高額の年俸を要求できる選手」の数を制限して給料の負担を軽減すると共に、次の若手に新しいチャンスを与えるのである。

引退後の生活もやはり厳しい。指導者などとしてホッケーの世界に残れる選手はごく稀で、ほとんどの選手が全く別の道を歩む。大学を出るなどして別の能力を持つ人はまだいいが、これまでホッケーしかして来なかった人には一層厳しい現実が待っている。工業都市ベーカースフィールドの例で言えば、地元の工場の工員として一生を終えていくケースが多いそうである。

ケンにこうした話を一通り聞いた後、僕自身に一つの疑問が浮かんだ。「選手達は一体どういうモチベーションを持ってるんだろう・・・。」選手達がなぜこんなに厳しい環境に身をおく事ができるのかどうしても理解できずにいると、ケンが少し笑いながらこう言った。「一度試合を見てみればわかるよ・・・。」そういうわけで、思い切ってベーカースフィールドまで行ってみようではないかとなったのである。

僕の住むオレゴン州ユージーンから車で南下して約15時間。やって来ましたベーカースフィールド。ロサンゼルスの少し北、車で1時間ばかりの場所に位置するこの街は3月だというのに暑く、道端にはヤシの木が元気に踊っている・・・。NHLのチームならわかるが、「ほんとにこんな街にマイナーホッケーチームがあるのか?」と本気で疑いたくなるような環境だった。

しかし、その僕の心配などすぐに吹き飛ぶ事となる。少し早めにリンクについた僕を迎えたのは今まで僕が見た事もないホッケージャージに袖を通したファン達だった。試合が行われたのは8,700人収容の日本でいう「市民会館」のようなアリーナであり、NHLに比べると少し小さい。しかし、その小さい客席がよりアットホームで選手に近づきやすい環境を作り出している。そして、チケットの安さも驚きである。前日に観戦したNHLのチケットは23ドルではるか上空の三階席からの観戦だったのだが、こちらは16ドルで何と選手ベンチの横(観戦に適しているかどうかは別として、NHLでは数百ドルしてもおかしくない席である)。

僕など名前も知らない、そしてこれからも二度と聞く事もないだろう選手のユニフォームに袖を通したファンが練習を終えた選手からサインをねだる。はっきり言って、試合のレベルは前日見たNHLとはかけ離れている。時々「なんでそんなプレーするの?」といらいらさせる事もある。しかし、試合中のアトラクション、マーケティングイベントはNHLのそれに等しい。そして、試合のレベルの事などすっかり忘れてゲームに見入っていた僕を襲った満足感は、NHL観戦と同等、またはそれ以上のものであった。

衛星放送の普及により日本で海外のスポーツがライブで放送され始めた時、「レベルの高い競技に慣れた日本人の目が日本から離れてしまう」という懸念がささやかれた。そして、今回の経験を通して僕はこれは間違いであると感じた。日本人が目を奪われていたのは「競技のレベル」よりもむしろ「競技の華やかさ」なのではないか。

現に、ベーカースフィールドの人達は、1時間離れたところにある世界最高峰のNHLの試合を見に行ったりテレビで観戦したりするよりも、地元のレベルの低い試合を見に行っている。それはそうだろう、例えレベルが低くてもこれだけ楽しいホッケーが身近にあるのだから。自分達に興奮、怒り、喜び、感動を与えてくれれば、彼らファンにとって自分達のチームの選手が世界に通用するのか、どのレベルにいるのかなど関係ないのである。スポーツの商品価値は競技レベルだけでは決まらない。大事なのは、何を見せるかではなく、どう見せるかなのである。

そして、こうした事を全て考えた後、僕が抱いていた「選手のモチベーション」に対する疑問が少し晴れた気がする。自分達の一挙手一投足に注目してくれる観衆の中で自分達の好きなスポーツをできる事は選手にとって最高の報酬と言っていいのだろう。そして、例え給料は低くとも、将来の保証はなくとも、彼らにはプロ選手とし観客を満足させる為にプレーをするの誇りがあるはずである。

是非1度、アメリカのマイナーホッケーを観戦してみてください。あなたのスポーツ観が変わると思います。

Reported by 星野太志:アメリカ発

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