「自転車選手はヘルメットを被るべきか」
2003年3月11日、自転車ロードレース・パリ―ニースでのこと。1人の選手が自転車から落車し、そのまま意識不明に陥った。そして翌朝、訃報が参加選手に告げられた。アンドレイ・キビレフ、29歳。カザフスタン出身の彼は、ツール・ド・フランス4位入賞を果たした初めての「アジア」人でもあった。

彼の死因はいったいなんだったのか。実はロード自転車選手はコーチと連絡をとるために小さな無線機を使っている。キビレフは転倒時、無線コードの絡まりを直すためユニフォームのポケットに片手を入れていたようだ。つまり転倒時、両腕でうまくバランスをとることができなかったのだ。そしてなによりも重視すべきは、ヘルメットを被っていなかったこと。むき出しの頭は、道路に激しく叩き付けられた。そしてこれが最悪の事態を招いたのだ。

子供からお年寄りまで、世界中の人々がごく日常的に利用している「自転車」という乗り物。その自転車レースが、実は死を招く可能性もある激しい競技であることは意外と知られていない。しかしプロ選手は固いアスファルトの道路を、急な曲がり角を、速度40キロ以上で走り抜ける。さらに時には、斜度20パーセントをも超える坂道を猛スピード駆け下りる。平地で1人が転倒すれば、玉突き事故で最低30人は巻き込まれ、山道でスピードが出過ぎれば、気がついたころには崖の下だ。さらにコースに詰め掛けた観客が少し腕を伸ばすだけでも、大惨事が待っている。

ところで自転車レースは危険であることを知りながら、なぜキビレフはヘルメットを被っていなかったのか。

ヘルメットはもちろん「全能」ではないものの、転倒時の脳への衝撃を防いでくれる重要な装備だ。自動二輪運転に際して、日本を始め世界中でヘルメット装着が義務付けられているのも、当然ヘルメットに大きな効果が認められるからである。こんなことは専門家が声を大きくして訴えなくとも、誰でも理解できる当然のこと。

しかしこの日のキビレフは、ヘルメットを被っていなかった。さらに彼の死の当日、同レースに参加したほとんどの選手が「自省」の意も込めてヘルメットを着用したのだが、それでもやはり例外は存在した。「被るも被らないのも、各々の自由」、という理由で。

実は国際自転車連盟(UCI)は、「レース時のヘルメット装着義務」というルールを定めている。実際、「プロ以外」の全てのカテゴリーでこのルールは厳密に守られている。そしてこのルールを「守らなくても良い」ことにしたのは、プロ選手自身なのだ。

それは1991年、奇しくもキビレフ死亡事故と同じ、パリ―ニースでのこと。非常に暑い日であった。厳しい登り坂の途中、暑さとヘルメットの重さに耐えられなくなったある1人の選手が、思わずヘルメットを脱いでしまう。そして「ヘルメットを被っていなかった」彼には、ルールにのっとって失格処分が下される。――翌日、この処分に不服に感じた選手たちが、このルールに対して反旗を翻した。ヘルメットを被らずにスタート地に集合する、という方法で。慌てたUCIは「レース自体を中止する」と選手たちを脅しさえした。しかし選手たちの意志は固く、最終的にはUCIが折れるしか道はなかった。こうしてヘルメット着用は、選手の自由選択に委ねられることになったのだ。

それから12年。自転車選手のレース中・練習中の死亡事故は5件。そのうち3件は、ヘルメットを被っていたらもしかして命は救われたかもしれないケースである。そのたびに「ヘルメット着用を義務化すべきだ」という論争が湧き上がり、消えてきた。そして3月12日の事故後、当然のようにこの論争が始まっている。もちろんUCIと選手会の間で正式な論議も始まった。しかし…、やはり今も変わらずほとんどの選手が、1991年の頃と同じ意見なのである。

「仕事の場、つまりコース上で死ぬのは、運命としかいいようがないんだよ。」こんな運命論を語る選手も多い。しかしスポーツ選手が現場で命を落す場面など、私たちファンはもう2度と見たくないのに。

Reported by 宮本あさか:パリ発

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