ブフォンが育った町〜カッラーラ〜

 スペインからここイタリア、トスカーナ地方のカッラーラと言うところにやって来た。ここは大理石の世界3大産地のひとつとして有名で、多く現存するローマ建築物などもここから地中海の海を伝って運ばれ使用されたと言われている。ここから50キロほど離れたあのピサの斜塔もここからの大理石が運ばれたものらしい。街には多くの大理石関連の工場や倉庫が立ち並び、町の建築物にもふんだんに大理石が利用されている。地域の産業は大理石関係が大半を占めており、この町は大理石以外にあまり知られていない。そして現イタリア代表のゴールキーパー、ジャンルイジ・ブフォン(以下ブフォン)がここカッラーラで生まれ育ったこともあまり知られていない。
 
 ブフォンを簡単に紹介すると、弱冠17歳にしてパルマでデビューを果たし、2001年夏にGKとして史上最高の移籍金、当時の通貨1050億リラ(約60億円)でイタリア最強クラブのユベントスへ移籍し、イタリアナンバーワンのゴールキーパーの座を獲得した。父親が陸上のやり投げ選手、母親がプロバレーボール選手と典型的なスポーツ家族で、その両親から授かった、恵まれた肉体(188センチ、83キロ)と神がかり的な反応と俊敏性を持ち合わせる。もともと経験が必要なポジションと言われていた概念を覆し、現在、弱冠23歳にしてイタリア代表のゴールポストを守り、昨年のワールドカップにも出場した。

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 彼がユース時代に育ったここカッラーラのクラブチームを訪れた。ブエナ・スクエラと言うイタリアの中でも小さな田舎のクラブチームだ。とてもあのブフォンが出たクラブとは思えないほど、貧弱な施設のクラブである。現在このチームは地域リーグのみの参加で成績も芳しくないらしい。事務のオヤジさんと話していたが、ブフォンの話となると突如顔色を変え、楽しそうに語り始めた。そして当時、彼のコーチを務めていた人が言った。
 
「彼はとてもすばらしい選手だったよ。ミッドフィルダーとして…」
「えっ?ミッドフィルダー?」

 私も知らなかったが、彼はこのチームでは試合中のチームを預かる司令塔だったらしい。その後パルマのスカウトに目を付けられ、直線距離で50キロほど離れた一番近いセリエAのクラブチーム、パルマへと移り、ゴールキーパーに転身したらしい。今でこそパルマは日本でも中田英寿の移籍によって有名になったが、もともとイタリアでもユース育成で名が通っていて、常に若い選手を獲得し育てるという特色のあるクラブなのである。彼はそんなクラブの模範的な選手だったではないだろうか。
 
「彼はチームの飲み会によく来るから今度紹介するよ」と現存する選手とのスナップ写真を何枚か持って来て見せ、彼についての自慢話が止まらない。完全にこの地方の小クラブの誇りである。有名になっても過去に育ったクラブへの恩を忘れないそんな本当のブフォンを知り、ここに来る前は彼の実績や経歴からはとても近寄りがたい存在であったが、とても親近感を感じる存在へと変わっていった。

PhotoReported by 丹野栄一:イタリア発

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