|
前回はアメリカのカレッジフットボールのゲーム前に行われる「テールゲートパーティ」をご紹介したが、今回はゲームそのものについてお話したいと思う。
テールゲートパーティで胃袋を満たし、フットボール談義に華を咲かせた後、いよいよ人々はスタジアムへと向かう。オレゴン大学の場合、学生はチケットを無料で手にする事ができる(その分学費から引かれているのだが・・・)。ゲームの数週間前にキャンパス内で配布されたチケットと学生証をゲートで見せ、学生はいわゆる「学生席」といったところに押し込められる。アウェーチームのファンに与えられた1セクションを除いて、スタジアムのほとんどはオレゴンのスクールカラーである黄色と緑に彩られる。試合の前から応援のバンドとチアーリーダーが観衆をリードして盛り上がっている。
私自身は一般席(学生以外の人がお金を出して買う席)に入った事はないのだが、7万人近く収容のスタジアムにほとんど空席はない。老若男女が緑と黄色を身に付け、試合に熱狂する。オレゴン大学のあるユージーンという市の人口は14万人程度。単純に考えると人口の半分近くがフットボール観戦に来ているという事になる。学生だけでなく、市民にとっても地元でのフットボールの試合は重要なイベントなのである。
学生席の話に戻るが、学生席に入ってまず驚くのが試合前から全員「総立ち」になっている事である。途中タイムアウトやゲームインターバルなどで多少座るチャンスはあるが、まず座って観戦する事はあり得ない。サッカーなどの短時間のゲームなら立ちっ放しで応援するのも十分可能だが、アメリカンフットボールの試合は、大抵3時間は続く。時には4時間以上になる。それを立ちっ放しで応援するのだから、それだけでも応援する側の「本気度」が違う。
そして、選手並みに逞しい体つきをした警備員が一応見回ってはいるのだが、学生席には持込が禁止されているはずのアルコールの匂いや、日本では禁止されている(オレゴンでも?)「何か」の煙があちこちから漂ってくる中で、全員が試合前から声を張り上げて応援をする。中には熱くなりすぎて隣の学生と口論を始める学生もいて、皆が驚くほど「真剣」である。長い試合の最中、その間に疲れて座り込もうものなら試合後に「お前がちゃんと応援しないから負けた」などと言われる始末である。彼らは単なる「観戦者」ではなく、ゲームへの「参加者」なのである。
私自身、日本人としてはスポーツをよく観戦する方だと思うが、アメリカ人のスポーツファンと話をしていると必ず訊かれるのが「お前のチームはどこだ?」という質問である。つまり、スポーツファンである以上「自分の(応援する)チーム」を持っている事が当然なのである。
例えば、全く違う地方出身のアメリカ人同士が自分のひいきチームの話をする時は必ず「昨日、私達は勝った」という表現を使う。自分はチームの一部分であり、チームと自分は同じ「私達」に含まれるのである。自分のチームである以上、そのチームへの思い入れも並々ならぬ強いものになる。この気持ちが熱狂的な応援を可能にする一因であろう。
日本ではマイナースポーツを中心に多くのスポーツチームの廃部が相次いでいる。その様な状況を見ていて、それらのチームが地元の人達から「自分のチーム」としていかに認知されていなかったかがわかる。現に、地方に根ざしたチーム作りを理念とするJリーグのチームは、苦労をしながらも他のスポーツと比較して安定した経営に成功している。ワールドカップでの「日本応援」の熱狂振りや、地元からの甲子園出場校への思い入れなどから見てもわかる通り、日本人にも「自分のチーム」を持つ欲求は存在するのである。
アメリカには、大学やマイナーリーグなどを含めれば何百、何千というチームが存在し、それぞれが地元で「わが町のチーム」として愛されている。地元の人や学生が必死で「参加」するカレッジフットボールの試合を見ていて、自分の街にチームを持たない、そしてチームがあっても「自分のチーム」に感じられない私達日本人がいかに損をしているかに気づいた。
Reported by 星野太志:オレゴン発
|