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私は選手時代のエディ・メルクスを知らない。史上最強の自転車選手、あまりに強すぎるがゆえに「カニバル(人喰い)」と疎まれていたことは「知識」としてしか知らない。私が知っている現在のメルクスとは、太った、やたらと目つきの悪い、傲慢そうなオヤジでしかない。とてもじゃないが、常人には見えない。
メルクスなど単なる「過去の偉人」――正直、こう思っていた私が変わったのは、今年の夏だった。
最初のきっかけは書店で偶然手にした写真集「Merckx intime(素顔のメルクス)」。「なぜフランス人有名選手の写真集はないのに、ベルギー人のこんな分厚い写真集が?」などと、いぶかしく思いながら手にしたのだが…、その中の「あなたがこれ以上望むものは?」という問いに対するメルクスの答えが、私をその場に釘付けにした。
「immortel」
イモルテル――すなわち不滅、不朽、不死。ひいては「神」という意味にまでとらえられる。…なんて傲慢で、なんて不遜で、なんて自信に満ち溢れた言葉。謙譲が美徳とされ、「ワレイマダモッテイタリエズ」(By双葉山)などという求道的精神を持ち合わせた日本人だったら、とてもじゃないが恐れ多くて口に出来ない言葉。日本で口にした男と言ったら、長嶋茂雄くらいのものか。ただしそれも自分の球団が「不滅」だと言ったまでで、彼の存在を「永久に不滅」と言った訳でもない。
しかしそれをあっさりと口に出し、「カニバル」と彼を疎む人々をあざ笑うかのように勝利を重ね続けたのがメルクス。プロ戦績445勝、ツール・ド・フランス総合優勝5回、ジロ・デ・イタリア総合優勝5回、世界選手権優勝3回…。この凄まじい記録の数々は、引退後24年たった今でも、メルクスの望んだとおり「不滅の」ワールドレコード。ただし生涯戦績525勝は残念ながら今年、アマ選手(Giesberts選手、通算534勝、今シーズン後引退)に破られてしまったから、きっとメルクスはくやしがって歯軋りしているに違いない。
こんな訳で徐々にメルクスに関心を持ち始めた私は、その後偶然にも(メルクスに呼ばれるかのように)、メルクスの「母国」ベルギーへ夏休みを過ごしに出かけた。
ブリュッセル駅まで迎えに来てくれた友人の車に乗り込もうと思った時、目に飛び込んできたのは後部窓ガラスのステッカー「I like
Eddy」。さらに友人がそのまま連れて行ってくれた場所は、閑静な住宅街の中にある、こぎれいな食料雑貨店――。メルクスの実家である。「君がエディファンになったって聞きつけてね」と笑うこの友人、実家がすぐご近所で、毎日駄菓子を買いに行っていたそうだけど…。
肝心のお店はバカンス中のため閉店。とにかく「偉大なるベルギーの自転車選手エディ・メルクス、1946年〜68年、1970年〜73年まで、ここに暮らす」という記念碑だけはしっかり拝ませてもらった。
夜、バーベキューをしながら、なぜかツール・ド・フランスの話題になる。「日本人は問題外!」と吐き捨てられ悲しくなりながらも、「誰が史上最高のマイヨ・ジョーヌか」という激しい議論が正直羨ましくてしょうがなかった。ベルギー人は「メルクスに決まっている!」、フランス人は「メルクスを倒したのは、テヴネだってことを忘れるな!」、イタリア人は「コッピがいるだろ、コッピが!」と結局は自国の選手の名前ばかりをアピールし、単なる堂堂巡りで終わってしまったのだが。
ただしフランス人が後からこっそりと、告白してきた。「俺の本当のアイドルは、メルクスなんだ…。彼は70年代の体現者だよ」と。70年代を体現していると言われてもそれがどんなものやら想像もつかない私だったが、なにやらメルクスは人々のハートを痺れとさせてしまうような何かを持っているらしいことだけは分かった。しかし、それは何だったのだろう?
翌日、2002年8月16日。エルビス・プレスリーの25年目の命日。カーラジオからは「ラブ・ミー・テンダー」が流れてきた。車中で、誰かがこうつぶやいた。
「メルクスって、ロッケンロールだよなあ。」
これが最後の決め手となった。一体メルクス自体にノックアウトされたのか、それとも24年経った今でもメルクスを熱く語るファンたちに洗脳されてしまったのか分からないのだが、とにかく私のハートも痺れてしまった。もう、彼の走りの一つ一つなんか、彼の細かい成績なんか実際に知らなくても、薀蓄なんて語れなくてもいいや。存在自体がロッケンロールなんていうスポーツ選手を、「カッコイイ!」と大声で叫べないなんて悔しすぎる。別に現在のメルクスが、太った、やたらと目つきの悪い、傲慢そうなオヤジでも構わない。メルクス・カニバル・ロッケンロール!
Reported by 宮本 あさか
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