私の住んでいるリヴァプールには、プレミアリーグに所属する2つのクラブがある。一つは言わずと知れた名門、「レッズ」ことリヴァプールFC。70年代から80年代にかけてはヨーロッパで無敵を誇り、現在もイギリス全土で非常に人気のあるクラブだ。そしてもう一つが「ブルース」ことエヴァートンFCである。華やかな戦歴を誇るレッズに比べると地味で、日本でも馴染みが薄いため注目を浴びることが少ないが、長い歴史を誇る古豪である。そこで今回はこのエヴァートンFCについて少し紹介してみたいと思う。

実はエヴァートンの歴史はリヴァプールFCよりも古い。クラブの創立は1878年(明治11年)。聖ドミンゴ教会の有志によって設立されたフットボールチームが源流である。近代フットボールが本格的な産声を挙げた19世紀後半は、教会がクラブチームの有力なスポンサーであった。翌年には教会のあった地区名であったエヴァートンに改称し、やがて現在のリヴァプールFCの本拠地であるアンフィールド・スタジアムをホームグランドとした。

しかしスタジアムの契約のもつれからアンフィールドを離れることになり、移転した先がアンフィールドとは徒歩10分程度しか離れていない現在のグッディソン・パークである。ちなみにフランチャイズクラブを失ったアンフィールドのオーナーが、スタジアムの後釜のために作ったのがリヴァプールFCである。つまり、もしエヴァートンがアンフィールドを後にしなかったら、リヴァプールFCはなかったかもしれないのである。そう考えると、歴史のあやというのは面白いものである。

さて今回、エヴァートンに着目することになったきっかけは、ベン(20歳)との出会
いである。現在カレッジで音楽を学ぶ傍ら、街に点在するクラブでDJをしている彼は、熱烈なエヴァートニアン(エヴァートンサポーター)である。ホームゲームはもちろん、アウェーゲームにも足繁く通う彼は、先週会った時には、アストン・ヴィラ戦を見にバスでバーミンガムに行って来ると息巻いていた。

そんな彼と先週の土曜にグッディソン・パークに行って来た。

相手は稲本を擁する、現在6位と好調を維持するフルハム。しかしエヴァートンも今季、まだホームでは負け無し(1勝2分)である。またフルハムの稲本と、エヴァートンの中国代表、No.12の李鉄(リ・ティエ)のアジア人対決も見ものである。そうしたことを考えながらグッディソン・パークへの思いを馳せる道中で、ベンが興味深い話をしてくれた。

「ヨウスケ、知っているか。エヴァートンには若いサポーターが多いんだ。確かに知名度ではリヴァプールFCには負けるけど、リヴァプールFCファンの多くは年寄りか、リヴァプールの郊外、または他の街に住んでいる人たち、そして外国人さ。でも中心部に住んでいる若いリヴァパドリアン(リヴァプールっ子)はエヴァートンファンが多いんだ。」

そういえばこれに似た話を聞いたことがある。生粋のマンチェスターっ子はユナイテッドではなくシティを、真のトリノっ子はユヴェントスではなく、トリノを応援するという話だ。でも本当にそうなのだろうか?彼の話に頷きつつも、やや半信半疑のままスタジアムへと向かった。

イングランドのスタジアムは、決して裕福とはいえない地区に建てられていることが多い。土地代が安いからだ。グッディソン・パークも例外にもれず、周囲はややひなびたテラスハウスがぐるりと並んでいる。自分の席はゴール裏1階席の一番後ろであったが、専用スタジアムのためそれでも観やすい。ただ非常に奥まったところだったので、2階席の屋根が邪魔になって、スタジアム全体が見られないことは残念であった。

席に着き、ぐるりと周囲を見回して改めて実感した。確かに若者が多い。リヴァプールFCのアンフィールドに行ったときには、中年以上のファンが多く見受けられたのだが、ここでは圧倒的に20歳以下の若者が多く、「エヴァートン、エヴァートン」と声を張り上げ、手を叩いて熱狂的に応援している。応援のスタイルは日本のように太鼓を叩き、旗を振り上げて皆で飛び跳ねるといった類ではなく、いくつかお決まりの応援ソングの中から一人がダミ声で歌い始めると、周囲がそれに追従するといった形である。しかしそれはすぐにスタジアム全体へと伝染し、圧倒的なホームの雰囲気を作り上げる。先頭を切って応援を始めた人はさぞ気持ちがいいことだろう。

試合の方はホームのエヴァートンが前半で2点をリードし、そのまま2-0でフルハムを下した。稲本はトップ下で先発出場したものの、李鉄のマンマークを中心としたDFの包囲網の前にほとんど仕事らしい仕事もできず、わずか55分で交代となった。ボランチの位置に入っていた李鉄は、攻撃的なセンスはあまりあるとはいえないが、強靭な肉体を生かした守備には光るものがあり、稲本がボールを持つとものすごい速さでタックルを仕掛けていた姿が印象的であった。今回の日中対決は李鉄に軍配が上がったといってもいいだろう。

試合が終了すると、観客は驚く早さでスタジアムを後にする。試合終了後10分もすると、ゴール裏からはほとんど誰もいなくなった。きっと今日の勝利を祝いに、パブにでも繰り出したのだろうか。

ここイングランドのみならず、ヨーロッパではクラブチーム文化というものが浸透している。100年以上の歴史を持つイングランドでは、クラブへの忠誠は親から子、子から孫へと引き継がれていく。極端な話、生まれた地区、いや家庭によってサポートするクラブが既に決められているケースも多い。ベンの家庭もひい爺さんの代からエヴァートンサポーターだったそうだ。14歳と9歳の弟達も無論、エヴァートニアンである。人々はクラブを自分の家族のように愛し、目先の勝敗にはあまりこだわらず・・・というわけではないが、まあ余り目くじらは立てない。そしてクラブと自分との距離というのはキチンとわきまえている。つまり、成熟した「大人の文化」としてフットボールがすぐ傍にあるのだ。

翻ってJリーグを見ると、フットボールがここまでのレベルの文化として根付くにはまだ年月が必要だろう。だが焦る必要はない。なにせ歴史が違うのだから。これまでの140年間で、イングランドフットボールはフーリガニズムやスタジアム事故など多くの「闇」を経験し、乗り越えてきたのだ。

Jリーグはまだ10年である。

Reported by 星見洋介 in Liverpool

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