2年に1回、オーストラリアのゴールドコーストで行われる「アジア・パシフィック・マスターズゲーム」(主催:クイーンズランド州政府)が、9月20日から10日間行われた。この大会は、30歳以上の競技者が参加する「大人の大会」である。競技は年齢別に区切られ(30〜35才など)、それぞれのカテゴリーで争われる。この大会を見る機会があったので、今回はこれについて書こうと思う。

この大会は名前の通り、アジア・太平洋の各国から参加がある国際大会なのだが、大会レベルは一言では言い表せない。参加するのに標準記録突破や、資格など何も必要ないからだ。単に申し込めばそれで出場できるのだ。日本で国際大会というと、それだけで敷居が高くなりそうだが、ここでは違う。昔はトップアスリート?だった70歳のお爺さんも、50歳から趣味で始めたお婆さんも、スポーツするのは学生の頃以来、という30歳代の人まで、様々な人たちが参加している。

種目は44競技。陸上・水泳・サッカー・野球・ゴルフなどのオーソドックスなものから、ラグビー(ユニオンとリーグ)・サーフィン・トライアスロン・ポロなど、オーストラリアで盛んなものも多い。中にはネットボール・ペタンク・オズタックと言った、聞いた事もないような種目もある。(写真:開会セレモニーで行進するオズタックの選手)

実際の種目を見に行くと、こちらでも様々な表情を見せてくれる。わかりやすいのはボウリング。ユニフォームを揃え、マイボール・マイシューズで挑むチームもあれば、バラバラな服装でハウスボールとシューズを借りて、のんびりプレーしている個人もいる。40歳代の優勝スコアが3ゲームで750ピン(1ゲームアベレージ250)とプロ並のスコアもあれば、100を越えて喜んでいる人も…。どちらもスポーツを楽しんでいるのだ。

さて日本人の参加だが、今大会参加者5000人のうち、わずかだという。確認した限りでは、テニス・卓球・バドミントンで計8人、それに野球で地元チームに特別参加した4人と、ゴールドコースト在住の2人がトライアスロンに出場。ホノルルマラソンや、ここで行われるゴールドコーストマラソンとは比較にならない少なさである。日本での広報が少なく、知られていないせいもあるのだが、やはり日本人特有の問題が浮かび上がってくる。(写真:トライアスロンで銀メダルを獲得した日本人選手)

「言葉の壁」。マラソンなどの単一競技であれば、主催者側も、ツアーを組む旅行会社もオペレーションは楽だ。選手登録、スタート、ゴール、途中の給水や医療体制、棄権者の運搬など、通訳を配置する場所と時間は決まっている。さらには事前の練習場所も確保する必要がない。しかし、44種目にも上る総合スポーツ大会ではそうはいかない。

大会期間も長いため、選手登録は長期に渡るし、会場も全て異なる。さらには事前の練習場所を確保する事など、全ての場所、参加者に日本語の出来る人を配置できない。そしてこれらの事は、それなりの語学力がなければやり取りできない事だ。そのため参加者も不安を抱え、参加に二の足を踏むのだろう。

しかし中には冒険心溢れる、日本からの参加者もいる。東京から来られた、お年を召したご夫婦の方は、今回で2大会連続の参加。旅行会社でこの大会を教えられて、案内もなく2人だけでゴールドコーストへやって来た。英語はあまり出来ないとの事で、選手登録や、会場にたどり着くのに苦労したそうだ。「それも楽しいから」と言われていたが、そう言える日本人はまだまだ少数だ。大会主催者側も、日本からの参加が増える事を望んでいるため、今後は日本語通訳のボランティアを動員したり、日本語での参加登録が出来るようにする予定だ。

そんな中、「スピードボール」という競技が、今回デモンストレーション競技として参加していた。デモンストレーションを行っていたのは、日本スピードボール協会の人たち。このスポーツは、1.7mの金属製ポールに、1.5mのナイロンコード、その先にゴム製のボールがついている。これをラケットで打ちボールが、ポールの周りをぐるぐる回る所を、プレーヤーが交互に打ち合うというものだ。(写真:デモ中のスピードボール)

デモンストレーションは、選手登録を行う本部で行われており、登録に来た選手が、協会の人に教えてもらってプレーを楽しんでいた。スピードボール協会の方は、「言葉が通じなくても、一緒にスポーツを楽しめた。今度は正式競技で来たい」と、話していた。国際交流というと個人には縁遠い物と思ってしまうが、一緒にプレーして、最後に笑って握手する。スポーツを共通言語とすると、国際交流も意外と身近に出来るのかもしれない。

デモンストレーションの最後に、楽しんでプレーしていたオーストラリア人の女性が、協会の人に聞いていた。「道具はどこで買えば良いの?」。オーストラリアにスピードボール協会が出来るのも、遠いことではないかもしれないし、2年後の大会では正式競技になって、彼女が選手として出ているかもしれない。そんな事を考えながら、嬉しくなってその光景を見ていた。

reported by 小野寺 俊明

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