競技者魂

〜目指すは前のランナー、でもラスト3kは悪戦苦闘〜

11月3日、京都の北部丹波高原の30kmレースに出場しました。昨年に続き、今年もウィークデーが祝日とあって、スケジュール的にとても厳しくそのために出場申し込みの段階で迷いがありました。が、以前に「ランニングはしんどいのではなく、楽しいからするんですよ〜」との私の言葉に影響されてランニングを開始された方から「今年も丹波のレースの時期になりました。申し込みの期限が迫っていますので、忘れずに申し込んでください。私は申し込みました。」との連絡が。また、12月のホノルルマラソンを目指している方も「今の力をチェックするために私も30 kmのレースに出ようと思います。」と。

ならば、出場しないわけにはいかないと、厳しいスケジュールは覚悟で何とかしようと心に決めました。日常生活で全身の筋肉をできる限り刺激すること。少ないエネルギーで効率よく動けるスタミナづくり。今の体力とトレーニング量で30 kmもつペースを模索すること…。ただし、トレーニング時間の確保が厳しいことが予想されていたために長期、中期、短期の計画を立てました。

長期計画は、トップアスリートでは競技人生設計になり、また、4年に一回のオリンピック、2年に一度の世界陸上、また一年のサイクルを考えることになります。今の私のレベルでは、日々の体力維持と、できれば向上を目指すことと限られた時間で効率いいトレーニングをすることが長期の目標。

中期計画では、一年間のある程度のシーズンを考慮して試合期、これに向けたトレーニング期と調整期、そして休養期を考慮します。短期計画は合宿中のトレーニング内容や一週間、場合によっては一日のトレーニング量や時間など内容を考慮します。

グラフ

私の場合、トップアスリートと程遠いレベルであっても仕事を加味した上で可能な範囲でのトレーニング計画を立て、できる限り実行できるように努力します。ただし、実業団選手と違ってあくまでも市民ランナーとして。したがって、臨機応変に計画の変更や中止をしたりします。

本来、やはり理想はしっかりとトレーニングをしてレースの数日前からエネルギーを蓄積(グリコーゲンローディング)し、体調を整えてレースにのぞみたいところです。でも、今回は、グリコーゲンローディングどころか、数日前から昼食も食べ損ね、下手すると夕食も食べ損ねてしまう生活となりました。その上、睡眠不足となれば、もう開き直りです。さすがに前日は、帰宅が遅いながらも久しぶりにお腹いっぱいご飯を食べて、次の日に備えることにしました。案の定、急に炭水化物を摂ったので、喉が渇く。そう、炭水化物をエネルギーとして代謝するには水分が必要なのです。それでも現在の状況でどのくらい走れるかチャレンジするのがおもしろい!!!

スタート直後

スタート前、「今日は暑いから…」とウォームアップをほとんどせずにスタートラインに着きました。トレーニング量と体調を加味して「無理してはいけない」と自重するのはスタートしてしばらくだけ。我ながら、本当に良く走る、と思いますが、そう感じるのは走り終わってからです。無理してはいけないのですが、号砲の後はやはり「前へ、前へ」。今のコンデションで最大限の力を発揮するための計算が頭を駆け巡りました。

途中、横を通ったペースメーカーに私も便乗させていただくことにするとさすがに気分がとても楽になり、とても走りやすくなりました。が…。しばらくするとこのペースメーカーによる先導が私の「前へ」という意識を低下させていることに気づきました。一人で走っていると遠い前方を目標とするのですが、ペースメーカーがいるとつい、その背中を目標としてしまうのです。

目標をどこに定めるかはとても大切なことです。自分の遥かかなたに目標を置くのか、近くに目標を置くのか…。どちらがいいのかわかりませんが、競技生活を送っていた時に「前に見えたランナー抜け!」と小出義雄監督(現佐倉アスリート倶楽部代表)に叩き込まれたためか、目標を遥か前方に置き、そこに向かって走ってしまう私でした。

途中から一人旅でゴールを目指し、最後の3kmくらいは多少???計算違いがあってか本当に足が重く、上り坂は歩幅が20センチくらいなのではないかと思うほどでしたが、やっとの思いでゴール。ゴールラインを超えたところでへたり込みました。ゴール前の多くの方からの応援が背中を押してくれました。

競技生活に終止符を打ってから10年余り経ちました。トレーニング量や競技への比重は比べ物にならないくらい低くなりましたが、それでも自分を追い込める機会があることは何より嬉しいことです。心も身体もフル回転させることは日常生活ではなかなか体験できません。

この大会に実業団時代の先輩でもある有森裕子さんが招待選手で参加されていました。レース前に「走るの?」と驚かれた有森さんが、レース後に私が部門別で優勝したことを知り、再びびっくり。表彰式では表彰状を読み上げ、優勝トロフィーを渡していただきました。アトランタオリンピックのマラソンでの銅メダル獲得後、「自分で自分を褒めたい」との名言を残した有森さんですが、この日はそれこそ「私を褒めてほしい!」気分でした。

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