オリジナルトレーニング

〜アテネの女子マラソンレースに思う〜

今夏8月22日(日)深夜、オリンピック開催地アテネで女子マラソンのスタートが切られました。海抜25mのスタート地点から最も高い32km地点で海抜240mとその標高差200m余り、(18kmから30kmの12kmで 200m上り、そして、40km地点からの2.195kmでは50mも下る!)、そして、真夏の暑さ、湿度、路面の固さなどからオリンピックマラソン史上最も過酷だといわれたコースでのレースは、選手たちの心身に大きな影響を及ぼしたに違いありません。そして、この過酷なコースを制したのは野口みずき選手。一年に及ぶ計画的な、そして充実したトレーニングの成果が力強い走りに現れていたようで、スパートした25km地点からレースの終盤は安心してレースを見ていられた感があります。多くの専門家が「上り坂を上り切った32kmからの勝負」との予想に反した上り坂手前の25km 過ぎからのスパートは圧巻。野口陣営の作戦勝ちで獲得した金メダルだったように思います。そして、監督、コーチその他の裏方さんたちのこれまでの選手と一体となった生活を思うと本当に頭が下がるばかりです。

マラソンレースはそれぞれさまざまな条件下で行われます。レースの動向が開催地の環境やその日の天候や気温、湿度などの気象条件に大きく左右される点では、他のどの種目よりも難しい競技なのではないでしょうか。しかし、時として、過酷な条件ほど意欲を燃やす選手がいます。マラソンレースに適しているといわれる気象条件下の平坦なコースでは、絶対的な走スピードが勝負を左右する傾向にあるのに対し、過酷な条件下では、心身の耐久性が勝敗を左右するために特に精神面に自信ある選手ほど「勝算あり」となるのです。

競技スポーツを考えた時、勝利のためにはただ闇雲にトレーニングするのではなく、目標としたレースやライバルに対しての傾向と対策を講じることが必要になります。そして、誰もが考えるような対策ではなく、意表をつくような対策を考えることが…。そして、ここにトレーニングの面白さと難しさがあります。

バネをつかい、一歩一歩の歩幅の大きい野口選手のストライド走法はこれまでマラソンを走る時にはエネルギーを消耗し、筋肉へのダメージが大きくなるために長時間、運動を持続するのは難しいと言われてきました。しかし、野口選手は、藤田監督や広瀬コーチの指導の下、筋力トレーニングを積極的に取り入れることで、このストライド走法を支えたようです。それもこれまで長距離選手には必要ないと言われてきたバーベルなど重くて、大きな負荷による筋力トレーニングは、筋肉を肥大させ、時として動きの邪魔になることがありますが、野口選手の場合、筋力がうまくランニングに活かされているという点で、重さや繰り返し回数、休息のとり方の他、反復方法、意識の持ち方等を意識するなど、筋力トレーニングの方法に工夫があったようです。

一方、アテネオリンピックの日本代表からは選外となったものの前回のシドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子選手の走りは、足の回転が速いピッチ走法。また、踵から着地してつま先に抜けるまでの蹴り返しが速く、着地した瞬間にほぼ足裏全体に体重がかかることからフラット走法などとも言われ、スピードを生み出すために効率がいいと分析されています。そしてこの走法は、野山や不整地(しかも信じられないような!)でのランニングを中心としたトレーニングから獲得されたものです。高橋選手を指導する小出監督の「特別な筋力トレーニングをしなくても、走るための筋肉はアップダウンを利用したランニングの中で獲得すればいい、ランニング以外の方法による筋力トレーニングはランニングの妨げになる」という持論からです。

これらを考える時、2人のそれぞれの走法のいいところを取って、ピッチ(回転)を速く、ストライド(歩幅)を大きくすればさらにスピードが加速しそうです。もし、野口選手のピッチがさらに速くなり、高橋選手のストライドが今より0.5cmでも大きくなれば、それぞれ現在よりもさらにスピードが増すことになるのかな、また、野口選手がピッチ走法で高橋選手ストライド走法だったら…。こう考えるのは私だけではないでしょう。

しかし、実際にはピッチを速くしようとすればストライドが小さくなり、ストライドを大きくしようとすればピッチが遅くなる傾向にあります。また、個人の走法はその体型や筋力、関節や骨盤の角度、関節の可動範囲、膝や足首の柔軟性などさまざまな要因に依存していますから、ランニングスピードを高めようとすればこれらの中で改善可能な要因、つまり、短所を探してそれを克服するトレーニングしていくのか、現在の長所を活かすトレーニングをするのかということになります。効果を期待するのであれば創意工夫を凝らした筋力トレーニング、持久トレーニング等によるオリジナルトレーニングが必要になるのです。

シドニーオリンピックで高橋選手が金メダルを獲得した後、その着地に注目したフラット走法という理論ができました。アテネオリンピックで、野口選手が活躍した今後は、ストライド走法、そして筋力トレーニングが注目されるのでしょうか。

トップ選手のトレーニング法に興味を持ち、分析することはとても大切なことですが、個々の持つ可能性は無限大。目新しいトレーニング法に振り回されないように、と肝に銘じながらも今後の陸上界でのトレーニング理論に興味津々の私です。

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