ポールに魅せられて−幼児期の運動体験−

8月。ヨーロッパに遠征してきました。パリの世界陸上の観戦とヨーロッパのクラブ事情の調査、体験が目的でした。世界陸上は、過去1997年と1999年の2回、選手の高地合宿から大会まで栄養面からサポートさせていただいたことがあります。この時は2〜3ヶ月間に渡って監督、選手と毎日寝食をともにし、レースに選手を送り出しましたが、今回は、これまでとは違った立場からの現地入りで、少々気が楽でした。

競技は観客席の最前列、報道カメラマン並みのそれこそ選手の息遣いが聞こえてきそうな席で観戦しましたが、私の専門である長距離種目の他に印象深かった競技の一つに棒高跳びがありました。
目の前で助走が始まり、力強い踏切の後に長い棒(ポール)のしなりを使い、身体を宙に浮かせながら手足の先まで細心の注意を払ってポールを越える跳躍…。その人間業とは思えない技に驚きと言うより、唖然としました。それこそ次々と鳥人が地上から飛び立つようでした。

実は私の学生時代、実技種目の必修科目に陸上競技があり、走、跳、投それぞれの専門種目に悪戦苦闘した苦い思い出があります。「走」では短距離と障害(ハードル)、長距離(駅伝)、「投」では砲丸投げや円盤投げを経験。そして、「跳」では棒高跳が必須でした。この棒高跳びは、4メートル前後の長さのポールを持って走るだけでも大変なのに、ポールの先を溝(?)に立てるなどということは運動神経のいい学生でも至難の業で、棒をかなり短く持って跳躍するのがやっとでした。私は、と言えば、ポールを他の学生よりずっと短く持ち、ポールを溝に立てるだけで精一杯、しなりを利用して宙に浮くなど、考えただけでも怖くて足がすくんでしまい、必須科目の単位取得に苦労したものです。何しろ、地に足が着かない状況が怖くて仕方ないのです。幼い時の体験がトラウマになっているのでしょうか。

そう言えば幼い時、乳母車から落ちそうになった時は、反射的に乳母車の横棒を掴んだらしいのですが(母談)その後、物心ついてからは滑り台やブランコ、ジャングルジムからの落下、また、鉄棒でグライダーに挑戦中、背中から落下して声が出なくなったこともあります。この数々の落下に対する恐怖体験が現在でも無意識に残っているのかもしれません。

幼児期の運動体験は身体各部の発育発達を促すだけでなく、運動に対する興味や関心にも大きく影響します。例えば、スキーやスケートの「転ぶ」、「滑る」などの体験は大人になると「怖い」、「痛い」ですが、幼い時は「面白い」、「楽しい」場合が多いのです。これは、身長が低いために地面からの距離が近く恐怖感がないこと、また、身体を包む体脂肪のお陰で転んでも痛さが軽いことなどが影響しています。また、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の感覚神経に刺激を入れておくことはその後の運動神経にも大いに影響するようです。でんぐり返りをして目のまわる感覚、逆立ちをして顔が真っ赤になる経験、ボールを蹴った時にどのくらい跳ね返ってくるか予測する感覚…。

一方、この幼児期の運動体験が「苦しい」、「つまらない」という意識を植えつけてしまうこともあります。年齢を重ねてから運動が苦しいと思い込んでいる人の多くはこの場合が多いようです。私の「地に足がつかないと怖い」のもそうです。本当はできる、その気になればできるのに恐怖感が邪魔をしている…と。学生時代の単位取得に必要な「水泳のタイムトライアル」も「体操の演技」や「跳び箱」も切羽詰った試験の時だけは完璧にできたので、教科担当の先生は、「別人のようだ」と首をかしげていらっしゃいました。

幼い頃の運動体験はその後の長い人生の運動(スポーツ)との関わりに大きく影響するようです。
幸か不幸か成長とともに陸上競技の中でも地に足のしっかり着く長距離を専門としてきた私。世界陸上のスタジアムの最前列で、地から空へ飛び立つ超人を眺めながらただただ溜め息をつくばかりでした。

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