谷亮子

 谷亮子ほど、自分の人生を前向きにとらえられる人はそんなにはいないと思う。彼女にインタビューした日、彼女が残した言葉はいまだに強烈な印象を私に残している。

 アテネを約1年後に控えていた2003年の夏、東京のホテルで当時はまだ「田村」だった彼女に会った。インタビューの場でもとにかく社交的で、カメラマンや私に気を使ってくれる。しかし柔道のことになると、眼差しの強さ、そして語気が鋭くなった。
「シドニー・オリンピック時の私には、いまの練習は絶対にこなせません」
 シドニーで念願の金メダルを獲ってから、3年の年月が経過していた。その間に怪我もあった。年齢を重ねることで訪れる、緩やかな減退もあったはずだ。たぶん、肉体的なピークは過ぎていただろう。しかし彼女は言い切ったのだ。
「シドニーの時の私より、いまの私の方がはるかに強くなっています」
 この言葉を聞いたときには、一瞬、鳥肌が立った。これほどまでに自分の力を信じることができる選手、いや日本人はいないと思った。

 一般的に日本人は謙虚である。力は落ちています、それでも気力でカバーして……というのが日本人選手が使う常套句なのだ。しかし田村亮子の言葉はどこまでも力強かった。これこそ、彼女の強さの源ではないかと思った。言葉にすることで自分の力を信じる。それを原動力にして厳しい稽古を耐え抜いていく。まさに有言実行。アメリカの選手にはこういったタイプが多いが、日本人では極めて珍しい。

 彼女の有言実行ぶりはアテネでも効果を発揮する。オリックスの谷佳知選手と結婚した後、「田村で金、谷でも金」のキャッチフレーズでオリンピックを連覇。そして2006年2月には初めての出産の予定だ。
「ママになっても金」
 みんな想像していたけれど、彼女は母親になってからも現役に復帰し、オリンピック3連覇の偉業に挑戦するに違いない。もし、谷亮子が出産後、現役復帰に成功したなら、日本のスポーツ界にとって大きな出来事になるだろう。これまで子供を出産してから現役を続けたアスリートはほとんどいないからだ。

 21世紀の日本のスポーツ界は、間違いなく女性の時代である。外国勢と体格差の小さい女子は、世界と対等に戦える可能性が男子より高い。そこに出産後のアスリートの谷亮子によって示されれば、女子アスリートの世界はますます豊かになるのではないか。
 谷亮子は女性アスリートのパイオニアとして先頭を走り続けているのだ。

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