岡本依子

 岡本依子の経歴を調べていて驚いたことがある。彼女は大学進学のとき、国立のお茶の水女子大学に合格していながら、早稲田大学の人間科学部に進んだというのだ。
 あなたなら、どちらに進むだろうか?
 どうやら岡本家は、教育にかなり力を入れていたらしい。家族は女子大への進学を勧めたようだ。しかし未来のメダリストは、都の西北へと進んだ。ひょっとしたら、家庭の呪縛から逃れるための選択だったのかもしれない。この選択がシドニー・オリンピック、テコンドーの銅メダリスト、岡本依子を生むことになる。
 それでも青春の門をくぐったからと言って、彼女には進むべき道はすぐに見つかったわけではなかった。早稲田ではチアリーディング、女子ラグビーなどに入部したが違和感はぬぐえない。3年生になって周囲が就職活動しているとき、大学の掲示板で見つけたのが「留学生募集」だった。
「1年間、自分が将来に何をしたいのか、じっくり探そうと思ったんです。1年くらい卒業が遅れたって、そんなに人生に影響ないと思ったから」
 そしてオレゴン大学に留学。そこで彼女はテコンドーに出会う。もともと武道への憧れがあった。ブルース・リーの映画を見て、空手を習い、腕前は黒帯にまでなっていた。その下地があったからだろう、テコンドーを初めてすぐ、彼女はクラブで「最強の女性」になる。
「英語はまともに喋られへんで教室では存在感が薄かったと思うんですけど、道場では女の子なのに『ブラックベルト』だって、尊敬を集めてたんです」
 これがスポーツの力である。たやすく国境を越えることができる。
「でも、始めたばっかりの私が一番になるなんてちょっと違うな、と思って町の道場に通い始めたんです」
 そこでは老若男女が自分の限界を探して稽古に励んでいた。岡本はこれだ、と思ったという。そしてテコンドーの道に進んでいく。
 2000年にはシドニー・オリンピックに出場し、見事銅メダルを獲得。アテネ・オリンピックでは、日本国内のテコンドー団体のお家騒動で出場が危ぶまれたが、岡本の明るいキャラクターが世論を動かし、2度目の出場がかなった。アテネでは残念ながら勝利をあげることはできなかったが、まだまだ闘志は衰えていない。
「私はまだ世界一になっていないんです」
 選手としてはまだまだやり残したことがある、と彼女は感じているのだ。岡本依子は2008年の北京オリンピックで、世界の頂点を目指すはずだ。

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