寺川綾

 アテネ・オリンピックで、「水泳ニッポン」は久しぶりのメダルラッシュに沸いた。
 オリンピックは勝者が賞賛される。しかし、自分なりに満足感に浸る選手もいる。寺川綾は、そんな選手の一人ではないか。
 もともとは人気が先行していたかもしれない。ボーイッシュな雰囲気、整った目鼻立ち。世界大会で実績を上げる前に寺川は雑誌の表紙を飾るなど、注目を浴びていた。それに加えて世界選手権の舞台で入賞し、オリンピックでも大きな伸びがあれば、メダル獲得も夢ではない範囲に実力はアップしていた。
 そんな寺川だが、昨年の暮れに一度は現役を引退しようと考えたという。
「いろいろあって本当に水泳をやめようと思ったんです」
 トラブルがあり、年末の2週間ほどはまったくプールに入らなかったという。4月にオリンピック代表選考会を控えたこの時期は、選手にとってなにより大切な期間だ。よほど、寺川も思いつめたのだろう。
「頑張ろうと思ったんですが、練習に身が入らなかったんです。何もかも、イヤになってしまって」
 そのあたりの事情を彼女が所属していたイトマン・スイミングスクールの奥田精一郎会長は、その著書「叱るより、ささやけ」の中で次のように語っている。
「勝負の間際にコーチがいなくなってもうたからね。(中略)だからこそ、よくぞオリンピック出場を勝ち取ったと思います」
 選考会では並みいるライバルをタッチの差でかわした。奥田会長は寺川をこう評する。
「ごっつうしぶとい。最後の最後の最後に勝つ。権利をつかみ取る。既得者になってしまう。やはり、何かを持っとるわ」
 初出場となったオリンピックでは、大会6日目まで出番が回ってこなかった。初めて予選で泳ぎ、
「応援しているときは、インターハイのような感じだと思ってたんですが、やっぱり泳いでみるとオリンピックは違いますね」
と初々しい感想を漏らした。
 そして迎えた決勝。結果は2分12秒90で8位入賞を果たした。初めてのオリンピック、泳ぎ終わった彼女の姿は気丈だった。しかし結果には決して満足していないだろう。
 寺川は人前で感情を表すタイプの選手ではない。しかしオリンピックの代表に内定したときは、涙を見せた。願わくは、4年後の大きな舞台でうれしい涙を見せて欲しい。
 4年後、2008年の北京オリンピックのときに寺川は23歳になる。競技寿命が延びている競泳の世界では、選手として最高の時期を迎えているに違いない。

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