「ともに生きる」

6月23日現在、3連勝中のわれらのセレッソ。先日の山形戦は、久しぶりの長居スタジアムでの試合とあり、1万4000人ものサポーターが集まった。

そして、苦しい試合ながらも、勝利という結果を残した。最低の勝利だったかもしれない。けれど、苦しい試合に結果を残したことで、大いに反省し、次につながると思います。

少しづつですが、チームが結果を残すことで、なんとなく冷えていたクラブとサポーターの関係もまた、いい方向へ向かっているように感じています。

選手同士もなんだか一体感というか、連帯感も生まれてきているように見えます。まさに「ともに生きる」という状態に感じます。

しかし、まだまだ楽観は全くできないです。苦しいながらも勝利をつかんだ山形戦で、欠点は完全に露呈していました。まず、「交代選手がいない」ということ。山形に完全に攻め込まれ、中盤、最終ラインで、「任せられる」選手がいないのです。交代枠をひとつ残しているにも関わらず、守りの能力がずば抜けている選手がいないのです。前線の選手とちがい、守備の選手は特に攻め込まれている状態で交代するのは実は危険なものと思います。

というのも、プレーの速度、判断が違う選手を投入することで、組織だった守備ができないようになり、ミスを誘発させる原因になりやすいからです。守備は攻撃より「連携」「連帯」が必要になるので、「何とかしよう」「俺がなんとかする」と思った時点で、他のDFとのスピードがかわり、ほころびてしまうからです。サポーターの「選手交代要求」は、

監督にとって本当につらいものだったのではないでしょうか。あれほどの状況でも代えない、代えれない状況の中で、ピッチの選手達に、「自分達で何とかしろ」と思わせる采配にはクルピ監督のすごさを感じました。

もうひとつ気になるのは、ロスタイム近くでのボールキープでした。「デカシ」こと森島康仁選手が相手コーナー付近でひとりでボールをキープしているシーンがあったのですが、確かに時間の使い方のひとつではあると思いますが、相手選手に囲まれた状態で、味方のフォローがないのは「練習不足」を否めませんでした。

一人でキープすることは、ケガのリスクがついてきます。どうしても相手選手に削られることで、大ケガをする可能性が高くなります。ですから、味方のフォローや、サイドチェンジして、揺さぶりをかけ、隙あらば、ゴールを狙うようなプレーが必要だと思います。

相手に「セレッソなら勝てそうだ」という自信は絶対つけさせるような事はやめたいものですね。

ほんとこれからです。我らがセレッソ。

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