「2006総括」

残念ながら、そして悔しいながら、2007シーズンはJ2での戦いとなる、僕らのセレッソ。2度と同じ憂き目に遭わないよう、サポーター、そして大阪人のひとりして、反省してみます。

2005年は最終節まで首位にたち、最後の最後で優勝を逃したセレッソ。でもここに、2006年の成績というか、セレッソの悪い体質が隠れているのは確かなことだと思う。

勝てば文句なし優勝。これ自体Jリーグで2度目の経験である。前回は延長Vゴールで、当時の最弱とさえ言われた川崎フロンターレに敗れ長居スタジアムは悲しみに沈んだ。

そして2005年は2001年の降格決定の際の対戦相手、FC東京。サポーターにとっては忘れられない罵声を浴びせられたあのチーム。どちらも「勝って当然。」と呼ぶべきチーム。

そういうチームに対して、慢心でなく、気持ちの余裕を持って戦えない。結果、優勝を逃すことになった。確かに、2005年は決して実力で首位争いをしているとはいえない1面もあったと思う。ファビーニョ選手を中心に、他の選手はとにかくしつこく泥臭くプレーをしているうちに、いつのまにか負けないチームになり、気がつけば優勝争いをしていたというのが本当のところだったと思う。ただ、優勝がみえてくるにつれ、チームとしてのパフォーマンスがみるみる低下し、最後はああいいうことになった。そして、ファビーニョ選手の移籍の結果、見事にその悪い状態のまま1年を過ごした結果、降格となった。

リーグ開幕から、チームとしてのまとまりが感じられない。信頼というのが感じられないチームの動き。サッカーは直接肉体的にも相手と戦うスポーツ。なのにゲーム中に、味方同士で戦いをしているかのようだった。慢心と不安。それらが混在し、やがて不安があせり、不信感を呼び、空中分解するのではとさえ、スタンドから見ていて僕は感じていた。

そこへきて、大久保嘉人選手の復帰。僕らが望んでいた凱旋復帰ではなく、どこか寂しげな復帰だったが、彼の個人能力の高さを活かせればまだ、勝利をすることはできるという、

期待感はありました。そして大久保選手を活かすためにも名波選手の加入。チームに多大な影響を与えたと思う。監督交代という、劇薬、特効薬も効果をなさなかった重病に名波選手は回復のきざしを運んでくれた。しかし、タイミングが遅かった。効果が細部にいきわたるまでに、シーズンが終わった。セレッソの持ち味であり、優勝争いをするには必須の「泥臭さ」を失い、そこから生まれる連携、一体感もないままに終盤まで迎えてしまい、そしてもっとも望まない結果をだしてしまったことで、選手も相当嫌な思いをしたと思う。

最終戦はほんと相手のサッカーに、セレッソが失くしたものを見せ付けられた試合だった。

大阪にきて良かった。セレッソでプレーできたことを誇りに思ってもらうためにも僕ももっとしっかりと応援をやらなくちゃいけないと感じた。

いろんな面でサッカーの難しさ、そして新たな可能性を感じた1年だった。

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