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2003年3月22日、待ちに待ったJ1リーグ戦が開幕しました。長居スタジアムでは朝からの雨もあがり19006人のサポーターが、セレッソの勝利をみようと集まりました。
リーグ戦より一足早く開幕したナビスコカップでは、すでに勝ち星を挙げていることもあって、どこかサポーターにも落ち着きが感じられました。私自身も久しぶりの長居スタジアム、もう少しいつもはドキドキしているはずなのに、不思議と試合後のことを考える余裕がありました。試合後に予定していた、大阪サポーターズクラブが開催している「個人自由参加型フットサル(ゼロサル)」の運営のことを考えていました。また、多田選手ファンクラブや、大久保選手ファンクラブと共同で、児童福祉施設の子供達を招待していたので、そちらの対応にも追われ、普段より試合に集中できていない状態でした。
スターティングメンバーが発表され、新キャプテンの西澤選手が控えであることで、余裕が疑問になり、不安に変わりました。しかし、その不安をかき消すように、私は多田選手の応援横断幕を、子供達とともに掲げ、選手入場、そしてキックオフの合図の笛をやはりいつもより余裕をもって聞きました。「なにかいつもと違うな。」その不安は開始16分に、神戸サポーターの歓喜の声に変わりました。そして、90分後の試合終了までそれは変わりませんでした。後半途中から西澤選手が出場するも、最後まで、長居スタジアムでセレッソサポーターの歓喜の声は聞こえず、昨年の激しいJ1残留争いを勝ち抜き大きく成長した神戸サポーターと、選手の姿が記憶の底に焼きつきました。
敗因については決定力不足もそのひとつとは思いますし、攻撃パターンの少なさもあると思います。昨年までのユン選手にかわる、攻撃の幅を広げるパサーが不在ということもあるでしょう。しかし、私は、自分自身の慢心とも言える余裕があったことを反省しています。たかが16分の1試合かもしれませんが、さりとて、開幕戦の持つ意味合いは重要なはずです。スタートダッシュできるかどうかは、2ステージ制のJ1では本当に大切です。でも、私はもう大丈夫です。目が覚めました!この厳しさがJ1なんです。次節以降は最後まで気を抜かずに応援していきます。ピッチに入ることが許されない12番目の選手として。選手、そして全てのサポーターが歓喜の声をあげることができる日まで、ともに戦っていければと思います。セレッソ、そして大阪のサッカーの再生は始まったばかりです。
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