________04月27日

04/27
バスケットボールには一生関わっていたい。
04/09
市内大会で負けていたチームが、全国中学校大会2位 に。
03/21
アメリカに転居していたとき、バスケットが刷り込まれました。
03/15
最後のウィンターカップは「全員で戦えた」ことがうれしかった。




  高校ではとにかくディフェンスを学べたと思っています。
 それまではオフェンスばっかりやってきていましたから、井上先生にイチからディフェンスを教えていただいて、楽しくプレーすることができるようになりました。
 実業団に進めば自分は170cmという身長の事もあって、PGという司令塔のポジションに変わりますが、精神面 も体力面も全部要求されるポジションだと思うので、ゲームをつくることを楽しめるようになるために、努力していきたいです。
 PGと言えば元全日本の村上睦子選手のように、しっかり崩して、ひきつけてパスをさばいたり、すごいパスを出せるようになりたい。韓国の5番の選手は、コントロールもいいし、シュートもすごいので注目していました。技術面 ではまだキャリアがないので、はじめは一所懸命走ってノーマークをつくること、声を出すことをまずしっかりとやっていきたいと思っています。
 実業団では高校3年間で得たことを生かし、残してしまった課題をまたイチからなおすつもりでプレーしたい。先輩からPGの技術を盗みたいと思ってもいます。

 中学生のとき、ジャパンエナジーに行ったことがあるんです。高校卒業後の進路を考えたとき、ずっとあこがれていた大山妙子選手といっしょにプレーがしたいという気持ちがあって、いろいろなお話しも聞いて、自分でジャパンエナジーに行くことを決めました。
 大山選手はプレーが男勝りで、大事な勝負どころを全部抑えることができるというところがすごいと思います。昨年暮れのウィンターカップのあとで、大山選手とお話しをして、「シンたちの運と元気を私ももらって、1月のオールジャパンで優勝するからね」と言ってもらえたときはほんとうにうれしかったですね。
 自分が大山選手にあこがれるように、 自分を目標にしてくれる人たちもいます。応援してくれる人がいるというのは、本当にうれしいです。私はバスケットが好きで、この競技をもっともっと見てくれる人が増えて欲しいし、この競技が有名になればいいなと思っています。
 アテネオリンピックにも出たいし、アメリカに渡ってWNBAにも挑戦してみたい。国内で力をつけたら、世界のレベルで自分を試してみたいという気持ちがあります。刺激もどんどん欲しい。そして一日でも長くバスケットがやりたいです。

 シドニーオリンピックの出場がかかった99年のABCを見に、静岡に行ったときには、全日本をひたすら応援していました。負けたときは悔しかったですよ。本当に。シドニーで韓国がベスト4になったときは まさかそこまでやるとは思っていなかったので、びっくりしました。オリンピックは夢中で見ていて、特に柔道の田村亮子選手には感激して、ものすごく刺激をもらいました。ソフトボールや女子マラソンもすごかったですね。

 バスケットボールが好きです。この競技がなくなったら、他にやりたいことはありません。他のスポーツはできないし。できれば一生バスケットがやりたいし、関わっていたい。現役引退後は勉強して、指導者になりたいという気持ちもあります。まだまだ自分は甘いので、いろんな面 を鍛えていかなくてはいけないと思っています。
 

   SHIN'S KEYWORD
■カラオケ
必ず歌うのが尾崎豊です。あとはGLAYとか。

■泣いたこと
「スラムダンク」の31巻めを読んでいたとき。るかわと花道がバーンとやったあのシーンです。

■うれしかったこと
月刊バスケットボールの表紙に出られたことはうれしかったです。何冊か買い占めました。でも自分はそんなに目立ちたがりやではないと思うんですよ。

■ファッション
カジュアルなものが好きです。色は青と黒がお気に入りです。
 

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