18歳で日本代表チーム入り
高校女子バスケット界で
7冠を達成

応援メッセージが届いています。

大神・雄子
(おおが・ゆうこ)

1982年10月17日山形県山形市生まれ。170cm。A型。山形市立第八小学校在学中、父親(山形大学バスケット部監督)の留学のため家族でロサンジェルスに1年間暮らす。バスケットボールを始めたのはこのときだった。帰国後、全国ミニバス大会に出るが予選敗退。山形市立第一中学では3年生の全中で全国準優勝した後、全日本ジュニア選抜チーム入り。女子バスケットの名門である名古屋短大付属高校(後に桜花学園と改名)に進み、インターハイ、国体、ウィンターカップの全9冠を狙い、1年生のインターハイ、3年生の国体以外はすべて勝って7冠を達成。2000年12月のアジアジュニア大会で準優勝。得点王とトッププレイメーカー賞を受賞。世界ジュニア選手権の出場権も得た。2001年日本代表16人に選抜される。この春からはジャパンエナジーに入社が決まっている。

<Update 04/27>

04/27
バスケットボールには一生関わっていたい。
04/09
市内大会で負けていたチームが、全国中学校大会2位 に。
03/21
アメリカに転居していたとき、バスケットが刷り込まれました。
03/15
最後のウィンターカップは「全員で戦えた」ことがうれしかった。



 仮にバスケットボールをよく知らない人がその試合を見たとしても、すぐに一人の選手のプレーに目を奪われていたに違いない。高校生の全国大会では最高峰といわれるウィンターカップで2000年12月、桜花学園は史上初の5連覇を達成した。その決勝で37得点を挙げた桜花学園のキャプテンが、大神雄子(おおが・ゆうこ)その人なのだ。
 ボールを持ってからのスピードは群を抜いている。チェンジオブペースからの1on1。鮮やかなワンハンドでのジャンプシュート。成功率の高い3P。目立つのはスケールの大きいプレーだけではない。男の子のように短く刈り上げた髪。優勝の感激に思い切り涙したかと思えば、周囲の人たちをひょうきんなポーズで笑わせてみたりする、純情でおちゃめな性格。中学時代から全国大会で注目を集め、高校は日本一の名門へ。3年間に9冠を達成することを堂々と目標に掲げ、1年生からレギュラーをつとめた。
 結局、目標は7冠達成に留まったが、「あの2敗があったからこそ、より自分は成長することができた」と大神は振り返る。

 小学校、中学校、高校、そしてジュニア日本代表で常にキャプテンをつとめてきた。チームをまとめるリーダーシップには定評があるが、指図して人を動かすタイプではない。大神自身がだれよりも一所懸命プレーすることで、人がついてきてしまうのだと、桜花学園の井上眞一コーチは言う。
「今まで指導してきた選手の中には、大神と同じレベルのプレーをする選手もいました。ただ、大神はプレー以上に存在(キャラクター)の持っている力が大きいんです。たとえば年末にアジアジュニア選手権のためにインドを訪れたとき、大神は試合中になぜか観客や他国の選手をみんな味方につけてしまうんですよ。笑っちゃうようなキャラと、プレーのうまさとが見ている人を惹きつけるんでしょう。日の丸の小旗を振ってくださる方たちが観客席にたくさんいたのには驚きました」。

 高校最後のウィンターカップは、そのインドから帰国してそのまま会場に向うという強行スケジュール。アジアジュニアで7試合を戦った大神の右すねは、疲労骨折寸前のところまで酷使されていた。だが、コートの中の大神に悲壮感は微塵もない。それどころか、チームメートと共に戦えるのはこれが最後であるということを楽しみ、全身からバスケットをする喜びを発散させながらプレーし、会場中を湧かせていたのだ。
 試合の様子は夜中にテレビで放映されたが、優勝後、大神のおどけたパフォーマンスが披露され、笑いの中で番組が終了したのを見て、テレビの前で思わず吹き出してしまった。男子バスケの高校界のヒーローだった能代工業の田臥勇太と並び称されることが少なくない大神だが、キャラにはかなり差があるようだ。

桜花学園の寮で休み中の大神と会った。決して饒舌な人ではない。聞かれた
質問に朴訥と答えながら、だんだんと言葉が熱を帯びてくる。特にうれしそうだったのが、桜花学園に入学したころのことを語ったときだった。
「中学まではバスケができる時間は限られていたんですけど、ここは寮のとなりに体育館があって、いつでも好きなだけ練習ができるし、トレーニングルームもあるし。天国みたいなところだなぁって思いました」
取材の最後に、「もし、バスケットをやっていなかったら?」と聞いてみた。
「うーん。考えたことがないので、わかりません。バスケットのない生活なん
て、考えられないです」
 18歳の語る夢は、バスケットにまつわることばかりだ。もっとうまくなりたい。もっといろんな経験がしたい。外国でもプレーしてみたい。憧れの人に会いたい。その夢の一つである「日本代表に選ばれて、オリンピックに出たい」には、今回の抜擢で大きく近付いた。春からは実業団のジャパンエナジーへの入社も決まっている。
 
「年齢に関係なく、大神はあのキャラで実業団でも先輩や周囲の人たちの力を引き出してしまうのではないでしょうか。近いうちに、日本を背負う選手になってくれると信じています」
 井上コーチの贈る言葉を胸に、大神はもう一つ上の舞台に向って、階段を登り始めている。

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