| 私がシドニーに来る直前、最後に取材に尋ねたのが、奈良・天理大学の柔道場で最終調整をする篠原選手だった。その日の午後、彼は練習をせずに腰の治療を受けていた。大丈夫と話したが、痛みをおして代表の合宿を乗り切っていたのだろうと思った。 篠原選手の自分を追い込む練習量は誰も口をそろえてすごいという。この日も、大学時代から指導している正木先生にお話を伺ったが、「練習をやれといったことはない。やめろと言うまで練習し続ける。重量 級には珍しいことだが、脱水症状になるまで練習やめへんのですわ。ほんとに一生懸命やるヤツ」 何でそんなに練習するのか?素朴な質問をぶつけたら、彼は言った。「柔道についてはびびりなんですわ。怖い。だから練習する。」 彼が転機を迎えた試合があった。パリで開かれた世界選手権。決勝で判定負けをした。そこから自分は変わったと篠原選手は言う。その試合とは、相手はフランスのドゥイエ。今回決勝であたった、あのドゥイエだ。試合は終始篠原選手が優勢に進めていた。しかし下った判定は負け。端から見れば不可解な判定。一本で決めなかった自分が悪い。誰にも文句いわれない柔道をとる。 今回の決勝で見せた「内股すかし」高度な技だ。試合運びの巧いドゥイエを素晴らしい技で決めた!と誰もが思ったはずだ。何度VTRをみても、どの角度からのスローをみても、内股すかし。それが相手の有効。何かの間違いではないか、ずっとそう思っていた。しかし表彰式で篠原選手が上がったのは2番目に高い台だった。 テレビをごらんになったみなさんの中にも憤られた方が多かったと日本からの情報で聞いた。何故間違いの判定が覆らないのか。抗議できないのか。それがオリンピックなのか。技も分からない審判を国際大会で起用するな。 でも、それを日本柔道界が徹底的に追求することは柔道自身の首を絞める。柔道は世界にすそ野を広げ、いま世界のスポーツとして発展を続けている。そして選手にも審判にも世界にはまだ格差がある。それはどのスポーツあるいはスポーツ以外の分野でも、発展途中にはあることだ。いま、審判のレベルを非難することは、世界のスポーツとして発展しようとしている柔道というものを,否定することにもつながる。 それでも納得は行かない。VTRを繰り返し見れば見るほど、納得行かない。でも篠原選手はこういって会場を去った。 「自分に力がなかっただけです」 一番悔しいのは、篠原選手だと思う。それでも彼はこの審判の判定も含めて、世界のそういう状況の中で勝たなければならないと言っているのだと思う。私が悔しがってはいけない。それは篠原選手に失礼に当たる。 彼はもう一度世界で勝つだろう。その時彼の銀メダルが世界一であることが証明されると思う。 |
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