(C)清水一二








文・小川みどり
text by midori ogawa
update2/15

 冬なのに真っ黒に日焼けした顔。ポパイのように太い腕。快活な声であいさつをしながら須藤正和さん(42)は、待ち合わせの場所に現れた。その精悍な顔つきと体格は見るからに"ヨットマン"そのものだ。  喫茶店で話を伺うことにして並んで進み出す。下りのエスカレーターを前にしたとき、彼は突然くるりとうしろ向きになり、腰掛けた車椅子をそっとエスカレーターに乗せて、エスカレーターのへりの部分と車輪をブレーキのようなもので固定した。
「こうすれば、ビクともしないんです。車椅子でも工夫すれば階段も降りることができるし、エスカレーターなんて簡単なものです」。
 そう言うとそのまま階下に降り、するりと着地してみせてくれた。
「大丈夫ですか?」「たいへんですね」。私たちが何気なくかけてしまう言葉は、体にハンディを持つ人にとって必ずしも、思いやりのある言葉には聞こえないときもあるのだという。要するに一人前には見てもらえていないのだ。今ではそんな言葉に慣れっこになってしまった須藤さんだが、若いころは何度となく悔しい思いをかみしめていたようだ。
 自分は幼児や病人ではない。危険も安全も一人で責任を負える力をちゃんと身に付けた大人なのに。でも、周囲はなかなかそうは見てくれない。差別はしていないが、明らかに区別はされていると思う。
「でもね、海へ出れば自然はすべての人に平等なんです。ヨットに乗った僕がたとえ足が悪くても、自然はかまっちゃくれない。強風は吹くし、波は荒れて船体を揺らす。雨は容赦なく体を濡らし、太陽はじりじりと照り付ける。でもそれが自分には嬉しいんですよ。自然と向き合うときだけは、健常者と同じだから。気遣いを受けず、一人前と認めてもらえるような感じで、とても気が楽なんです。危険だからやめろって言う人もいますけど、僕のヨットの技術と実績を知っている人なら、危険の確率が健常者と変わらないことをわかってますから。みんな普通に応援してくれているんです」
 足の不自由な須藤さんのヨットには、海の上で倒れてひっくり返らないような工夫が施されている。こうすればあとは、長年の車椅子の操作によって筋肉隆々の腕で舵をとり、水上を滑るようにして艇を走らせるだけだ。
「すべて自分で判断して行動できる。こんなあたりまえのことが、許されるのが唯一、海の上なんです。ヨットに乗っているときが、自分にはもっとも心身共にバリアフリーな状態かもしれない」
 9年前にヨットと出会うことができたことを、須藤さんはとても幸せに思っている。ヨットは生きている証であり、もはや切り離すことのできない生活の一部なのだ。
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