
W杯での敗北(問題点)は、日本のスポーツ界の問題点を示す
ラグビー全日本代表チーム監督 平尾 誠二 |
【インタビューを読まれる前に――平尾誠二の基礎データ】
1963年京都市生まれ。現在36歳。神戸市在住。一男一女の父。
陶化中学時代からラグビーをはじめ、伏見工業高校に進み、全国優勝。82年、19歳4か月で史上最年少の日本代表(当時)に選ばれる。同志社大学に進学し、史上初の大学選手権3連覇を達成。卒業後、イギリスへ留学。
帰国後、神戸製鋼に入社。89年からキャプテンを務め、95年まで7年連続日本一の偉業を達成。
1987年、91年、95年と、日本代表選手としてワールドカップに出場。91年にはジンバブエを破り、貴重な1勝をあげるが、95年の大会ではニュージーランドに145対17の大差で敗北。
1997年に、日本代表チームの「最後の切り札」として監督に就任。ラグビー未経験者にも代表チームへの門戸を開く「平尾プロジェクト」や、スカウティング(情報収集・分析)システムのスタッフ整備等、ユニークな活動を開始。
1997年にはアルゼンチンを破り、1998年シンガポールでのアジア選手権でも、韓国、台湾、香港に圧勝して、ワールドカップ出場権を獲得。今年(1999年)春のパシフィック・リム選手権では、サモア、トンガ、アメリカ、カナダといった強豪チームのなかで優勝。
「史上最強の平尾ジャパン」と期待されたが、10月のワールドカップでは、サモアに43対9、ウェールズに64対15、アルゼンチンに33対12と、予選リーグ3連敗で敗退。
10月28日に行われたこのインタビューは、帰国後に心境を語った最初のものである。
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