【新しい挑戦――他人と同じことはイヤ】
――シンクロのメダリストからTVタレントに転身した奥野史子は、もうすぐ、「シルク・ド・ソレイユ」のアーティストとして、舞台に立つわけですか?
【奥野】 その予定ですけど、いつになるか、まだわかりません。4か月のトレーニングを終えて、いまはウェイティングの状態なんです。

――ウェイティング……というのは、待機中ということ?
【奥野】 ええ。「シルク」の「オー」は、ラスベガス以外に施設を持っていませんし、そこで欠員が出ると呼ばれるんですけど、欠員が出ないと呼ばれないんです。

――欠員は、まだ?
【奥野】 はい。去年のうちには欠員が出なかったので。たぶん、今年の秋頃には、欠員が出るはずで、そうなると、わたしが呼ばれるはずなんですけど……。

――欠員というのは?
【奥野】 女性の場合は、結婚でやめる人が出たり、妊娠してやめる人が出たり。

――だったら、奥野さんのほうが、ステージに立つ前に欠員になってしまうかも……(昨年夏頃、奥野さんが「100メートル走者の朝原宣治選手が婚約発表した」ということが、某スポーツ紙で報じられた)。
【奥野】 ははははは。あれは根も葉もないことですよ。どうして、あんなことが報道されたのか、全然わからないんです。

――取材されたんじゃなかったのですか?
【奥野】 なにやら取材の電話らしいものはかかってきたようにも思うのですけど、何も話してませんよ。朝原さんとも、なんでこんなことになったんだろうと首を傾げたくらいなのに、お祝いのメールが来たり、電話がかかってきたりして、困ってしまいました(笑)。

――将来的にも、まったくないことなんですか?
【奥野】 それはわからないですけどね。将来に、どうなるかは。でも、いまのところは、婚約とか結婚とかは全然考えてません。いまは、自分のやりたいことを、思いっきりやりたいです。

――ということは、秋頃に、「シルク」のメンバーとして、ラスベガスの舞台に立つ?
【奥野】 はい。そうなると、いいですね。

――失礼ですけど、ギャラは、いいのですか?
【奥野】 よくないです(笑)。トレーニングを受けているときも、週給という形で、いくらかのお給料はもらっていたのですけど、生活できるかどうか、かつかつの状態でした。ですから、自転車を買って、それでモントリオールの郊外にある「シルク」の本部に通 っていたくらいです。舞台に立てるようになって正式なメンバーになれば、もう少しはいいお給料になるみたいですけど……。

――テレビにレギュラー出演していたときの方が、稼ぎはよかった?
【奥野】 もちろん、そうですよ。でも、やっぱり、充実した生活をしたいですから。

――シンクロをしていたとき以上に?
【奥野】 そうですね。まだ舞台に立ったわけじゃないからわかりませんけど、負けるもんか、という気持ちで闘っていたシンクロ時代とは、また全然違う充実感を味わいたいですよね。

――『夜叉の舞』という94年の世界選手権での演技のときもそうでしたが、奥野さんは、新しいことに挑戦するのが好きみたいですね。
【奥野】 さあ……どうでしょう……。他人と同じことをやるのはいやだという気持ちは強いみたいですね。へそ曲がりなんですよ(笑)。

――へそ曲がりは言葉が汚いから、つむじ曲がりといいましょうか(笑)。
【奥野】 そうそう。つむじ曲がり(笑)。

――奥野さんの前に「シルク」に入っていた日本人がいなくてよかったですね(笑)。
【奥野】 でも、「シルク」の場合は、わたしが最初じゃなくても、入っていたかもしれませんね。

――それほど魅力的な団体?
【奥野】 ええ。身体で表現するということの素晴らしさを教わりましたから。
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