【「死ぬほどたいへん」なシンクロの演技】
――結局、モントリオールでは、どれくらい「シルク」のトレーニングを受けたのですか?
【奥野】 4か月です。

――メンバーは?
【奥野】 ヨーロッパやアメリカ、それに中国などから、50人くらいがオーディションに合格して集まっていました。わたしは、メダリストとしてオーディションは免除されたのですけど、シンクロをやってた人だけじゃなく、体操とか新体操の人とかもいましたね。

――奥野さんは、年上のほう?
【奥野】 そうですね。平均よりは上。上から3〜4番目くらいかな。

――体力的にしんどいということは?
【奥野】 それは、あまり感じませんでした。シンクロの練習のほうが、ずっときついですから。

――シンクロという競技は、そうとうにエネルギーを使うスポーツのようですね。
【奥野】 それは、もう、顔は笑っていても、死にそうなくらいにたいへんですよ。息があがってしまって、おぼれる寸前の状態で、演技していますから(笑)。

――身体が痩せすぎてもいけないそうで、コンディション作りもたいへんのようですね。
【奥野】 ええ。ある程度、浮力がないとだめなんです。痩せすぎて脂肪がなくなってしまうと、沈んじゃいますからね(笑)。それに、体力も、持たない。変な話ですけど、少し便秘になっただけでも、いつもより身体が沈むんです。

――沈むのが、自分でわかるのですか?
【奥野】 ええ。いつも練習のときには、最初に身体のコンディションを確認するために、水の中で逆立ちをするんですよ。もちろん、プールの底に手をつけたりはしないです。逆立ちの状態で、まっすぐに浮かぶんです。そうしたら、いつもなら両脚の膝から先くらいが、水面 の上に出るんですけど、便秘をしたりすると、ふくらはぎのあたりか、足首近くまで、身体全体が沈んでしまうんです。

――そうなると、身体全体を水面から上に飛び上がらせるときなんか、いつも以上にエネルギーが必要になるわけですね。
【奥野】 そうなんです。だから、試合の前なんかは、けっこう体調維持に気をつかいました。

――奥野さんがシンクロを始めたきっかけは?
【奥野】 両親がスポーツ好きで、父親が柔道、母親が体操をやっていたくらいのスポーツマンで、3人姉妹なんですけど、次々と京都の踏水会という水泳教室に入れられたんです。そこで、2人の姉もシンクロをやっていましたから、わたしも自然にやりはじめました。

――踏水会といえば、僕も京都の出身ですからよく知っていますが、京都で最も古い水泳団体で、正月なんかの寒中水泳で古式泳法を披露したりしてましたよね。
【奥野】 そうそう。10キロ以上もある鎧を着て泳いだり、立ち泳ぎをしながら、扇に筆で字を書いたり……。

――奥野さんも、そういう古式泳法をやったんですか?
【奥野】 もちろん、やらされました。50メートルプールの端から端まで、立ち泳ぎだけで何度も往復させられたり。めちゃめちゃ寒いときに、寒中水泳もやらされましたよ(笑)。

――それは、シンクロにとっても、プラスだった?
【奥野】 そうですね。寒中水泳は関係ないでしょうけど(笑)、立ち泳ぎというのは、シンクロでも基本中の基本ですから、プラスになったと思います。

――日本のシンクロナイズドスイミングが伝統的に強いのは、古式泳法のおかげ?
【奥野】 そこまでいえるかどうかは、わかりませんけど、それも一つの要素といえるんじゃないですか。ロシアが強いのは、やっぱりバレエの伝統があることも一つの要素といえるでしょうから。

――だったら、中国なんかも、上海雑技団とかの伝統で、いまに強くなってくる?
【奥野】 雑伎団の伝統かどうかはさておき、中国はめきめき強くなってきて、何年か前から、いまに世界一を争うといわれてました。ところが、なかなか一定のレベル以上になれない。その原因がどこにあるのかはわかりませんが……。

――飛び込みとか体操なんかでは世界トップクラスなのに、不思議ですね。
【奥野】 ええ。やっぱりシンクロは身体の動きだけでなく、表現という要素が大きいですから、東洋的な表現と西洋的な表現のあいだにギャップがあるのかな。

――そういえば、中国は新体操も、強くない。
【奥野】 そうですね。そのあたりはおもしろい現象ですね。ただ、日本のシンクロが強いのは、やっぱりそれなりに、いろいろと努力している面 もあって、たとえば、音楽なんかも、ただ、いい音楽を選ぶだけじゃなく、新たにオリジナルの音楽を作曲してもらってます。

――動きが先にあって、それに合わせて?
【奥野】 ええ。動きの盛りあがるところで、音楽も盛りあがるように作ってもらってます。それに、海外で試合をするときなんか、電圧の関係かどうかわかりませんが、テープのまわるスピードが変わって、音楽のテンポが遅くなったり早くなったりすることもあるんです。それで、同じ音楽でも、少しテンポの早いヴァージョンと、遅いヴァージョンを録音してもらって、現地で音楽をかけてみて選択するといったこともしています。

――けっこう繊細な部分に気をつかってるんですね。
【奥野】 それは、もう、シンクロの演技をしているときは、さっきもいったように、おぼれてしまうかと思うほどたいへんなんですから、いつもより音楽がゆっくり流れたりしたら、演技全体が完全におかしくなってしまいますから。

――それだけの努力の結果が、銅メダルや銀メダルにつながっているわけですね。
【奥野】 でも、まあ、いいかげんな面もありますけどね(苦笑)。

――それは、どういうこと?
【奥野】 まだ若いころでしたけど、鼻栓をつけずに演技をしてしまったり、とか。

――それは、なぜ?
【奥野】 試合前に緊張して、忘れてしまったんでしょうねえ。

――鼻栓なしでもやれるものなんですか?
【奥野】 やれません(笑)。

――だったら、どうしたんですか? そのときは……。
【奥野】 鼻からゴボゴボ水が入りながら、もう死ぬかと思いながら、それでも最後まで演技しました(笑)。小学生のころのことですから……。

――世界レベルの選手になってからは、さすがに、そういうことはないですよね。
【奥野】 いいえ。そうでもないですよ。バルセロナ五輪の2年ほど前に、スペインで国際試合があったときは、会場に水着を持っていくのを忘れてしまって、大騒ぎになりました。

――そのときは、どうしたんですか?
【奥野】 大慌てでホテルまで取りに帰ったら、ベランダに干したままだったんです。それで、走ってそれを取りに行こうとしたら、ガラス戸があるのを忘れていて、そこに思い切り頭をぶつけてしまって(笑)。

――大丈夫でした?
【奥野】 メッチャ痛かったですけど(笑)、さいわいケガはしなかったので、急いで水着を持って会場に戻って、なんとか試合に間に合いました。

――結果は?
【奥野】 メダルまでは手が届かなかったですけど、当時のわたしとして、いい出来で、好成績だったです。チームの仲間には迷惑をかけましたけど、そういうものかもしれませんね。スポーツでも、何でも、無我夢中になれたときというのは、予想外の力が出るものかもしれません(笑)。
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