【競争の世界から表現の世界へ】
――「シルク」では、どんなトレーニングをしたのですか?
【奥野】 たとえば、自分が氷山になって溶けてゆくところを表現しなさい、とかいわれるんです。ほかに、赤ん坊になって、東洋の赤ちゃんと西洋の赤ちゃんの違いを表現しなさい、とか……。

――それは、パントマイムとかダンスのトレーニングと同じですね。
【奥野】 そうですね。身体表現というか、最初は面食らいましたけね。上を向いて寝るのが東洋の赤ちゃんで、うつぶせに寝るのが西洋の赤ちゃんかな、とか(笑)。その程度の発想しかできませんでした。やっているうちに慣れてきましたけど。

――シンクロも身体表現ですよね。
【奥野】 ええ。でも、スポーツですから、競争という要素が強いですよね。勝敗があって、スポーツは勝つためにやるわけです。わたしは、負けん気が強いですから、よ〜し、勝ってやろう、という気持ちでシンクロを続けてきたわけです。ところが「シルク」の世界では、勝敗がない。採点する人がいないわけです。まあ、だから、逆に、シンクロをやっていたときよりは楽しいといえるんですけど……。

――でも、勝敗がなく、競争がないだけに厳しい、ともいえるんじゃないですか?
【奥野】 はい。どこまで表現力が身についたか、よくわからない面もありますし、「やれ」とか「がんばれ」とかいう人もいないですし、自分がやりたいからやっているだけで、いつでもやめることができるだけに、厳しいともいえますね。

――プールでシンクロの練習もするわけですよね。
【奥野】 しますけど、シンクロというのは、仲間と演技を合わせるために、まずプールの外で動きを合わせるんです。そしたら、それを見ていたトレーナーの人が、その動きがおもしろいから、それを取り入れようと言い出したり。ですから、スポーツとしてのシンクロをやっていたときとは、まったく別 の感覚ですね。

――こういう言い方は少し失礼になるかもしれませんが、シンクロナイズド・スイミングという競技が、僕には理解できないところがあって……。たとえば、手や足を、カクッカクッと鋭角的に動かしますよね。芸術点とかいわれてるけど、あの動きのどこが美しいのか、よくわからない。
【奥野】 ははははは。わたしにも、よくわかりません(笑)。

――おまけに、入場するとき、顎を突きだして、過剰なほどの笑顔を見せて、両腕を振って歩く姿も、美しいとは思えない。
【奥野】 そのとおりですよ。わたしも、あの笑顔は不自然だと思います(笑)。ですから、世界選手権で『夜叉の舞』という演技をしたときは、睨み付けるような演技をしたのです。「夜叉」ですから、笑わない……というか、ルールを調べ直してみたんです。笑わなきゃいけないのかどうかを調べたら、ルールのどこにも「笑え」とは書いてない(笑)。それで、笑わない演技をやろうと思って、「夜叉」をテーマにして、審判や観客を思いきり睨み付けたんです(笑)。

――それが奥野さんにとっては、自然な表現だったわけですね。
【奥野】 そうです。無理に笑おうとしても、笑えるものじゃないですからね(笑)。ただ、シンクロという競技は、やっぱり西洋で生まれたスポーツですから、東洋的な優雅さとか、優しさといったものよりも、力強さやダイナミックさといったものを求められる面 があります。腕や脚を優雅に柔らかく動かしても、はたして理解してもらえるかどうか……。たぶん、高得点は期待できないでしょうね。それに、鋭角的に鋭く腕や脚を動かす方が、動きを合わせやすいという面 もありますから。

――シドニー五輪で、日本チームが「空手」をテーマにしたのも、スポーツ競技としての高得点と、日本人としての自然な演技の両方を狙った結果 といえますね。
【奥野】 はい。そうだと思います。あれは、金メダルの演技でした。

――採点競技というのは、微妙に納得できない面がでてしまいますね。
【奥野】 審判も人間ですからね。ロシアの演技は素晴らしい、という先入観が、どうしても働いてしまうんです。ですから、オリンピックで勝つためには、1年前くらいの国際大会から優勝しておく必要があるんです。そうして、日本の演技は素晴らしいぞ、という先入観を植え付けておかないといけない。シドニーの日本チームは、オリンピックでは見事にピークに持っていて素晴らしい演技ができたんだけど、それだけでは残念ながら勝つのは難しいんですよ。

――「シルク」での身体表現では、そういう戦略めいたことは考えなくていいわけですね。
【奥野】 そうですね。勝敗がないですから、きわめて自由な世界です。

――もっと早くからやりたかった?
【奥野】 そうですね。体力的にもきついですから、もう少し若いときに出逢いたかったという気持ちはあります。「シルク」の「オー」ができたのが98年のことですから、もう少し早くそれが生まれていたら、とは思いますけど、まあ仕方ないですね。
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