――シッティング・バレーボールとの出逢い……
益子直美
【インタビューを読まれる前に――益子直美さんの基礎データ】
 1966年、東京都の下町、柴又帝釈天の近く、葛飾区に生まれる。
「TVアニメの『アタック・ナンバーワン』にあこがれて」金町中学時代からバレーボールを始め、バレーボールの名門共栄学園高校に進学。エース・アタッカーとして活躍。春の高校バレーと国体で準優勝。「下町のマコちゃん」と騒がれ、高校バレー界のスターとして人気沸騰。高校3年生の時、世界ジュニア選手権に代表選手として出場。全日本代表チームにも選抜される。
 1985年、共栄学園高校卒業後、イトーヨーカドーに入社。全日本選手権と日本リーグで新人賞獲得。86年には日本代表チームの一員として、チェコスロバキアでの世界選手権、韓国でのアジア大会に出場。89年にはワールドカップ出場。
 1990年には、常勝日立を破って日本リーグに優勝。翌91年のシーズン(日本リーグ2位 )を最後に現役を引退。1年間アシスタント・コーチを務めたあと、93年にイトーヨーカドーを退社。スポーツ・レポーター、TVタレントに転身。『アトランタ・オリンピック』(96年・ANB)『世界熱気球選手権』(97年・NHK)、『バレーボール世界選手権』(98年・TBS)、『長野オリンピック』(98年・MBSラジオ)等に、メイン・キャスターやレポーターとして出演したほか、バレーボールやビーチバレーの実況中継の解説者としても、TV、ラジオ、新聞、雑誌等で活躍。
 96年のアトランタ五輪直後、パラリンピックの競技種目であるシッティング・バレーボールと出逢い、ヴォランティアで練習に参加。1998年イランで行われたシッティング・バレーボール世界選手権に、マネジャーとして同行。その後も、まだ日本では馴染みの薄いシッティング・バレーの普及に務めている。
 現在は、NHK『トップランナー』(木曜夜11時〜)で、大江千里さんとともに、メイン司会を務めるほか、雑誌『DOMANI』で映画コラムを執筆。著書に、エッセイ集『いつもハートはノーメイク』(日本文化出版)、『トップランナー』(中央出版)、写 真集『Semplice』『Rhapsody』があるほか、歌手として、CD『VICTORY〜闘う勇者へ』(東芝EMI)も出している。


・オリンピックに出られなかったから……
・シッティングバレーボールとの出逢い
・“シッティングバレー”にまつわる問題は、
障害者だけのテーマではない
・オリンピックとパラリンピックの間に垣根はない
・インタビューを終えて――――ノーメイクの“思想”


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