
―――バスケットボールから得たものは......
萩原美樹子 |
【インタビューを読まれる前に――萩原美樹子さんの基礎データ】
1970年、福島県福島市に生まれる。
父の義弘氏は、バスケットボール元全日本代表候補選手。蓬莱小学校4年のときに父親の薦めもあって、ミニ・バスケットボールクラブに加わる。以来、バスケットボール一筋。
ほかのスポーツは、「体育の授業以外には、したことがないですね」
蓬莱中学から福島女子高校に進学し、1年のときと3年のときにインターハイに出場したが、1年のときは2回戦、3年のときは1回戦で、敗退。大学進学を希望していたが、実業団からスカウトされ、卒業後に共同石油(現在のジャパンエナジー)に入社。
1年目から全日本代表選手に選抜され、数多くの国際試合を経験。
1995年オリンピック・アジア予選を勝ち抜き、翌96年アトランタ・オリンピックに出場。予選リーグで強敵中国を破るが、決勝トーナメントでアメリカ、敗者復活戦でロシアに敗退し、惜しくもメダルを逃す。
オリンピック終了後、アメリカに新しく発足したWNBA(女子プロ・バスケットボール・リーグ)に2巡目でドラフト指名され、カリフォルニア州のサクラメント・モナークスに入団。途中、アリゾナ州のフェニックス・マーキュリーに、トレードで移籍。2シーズン(1997年と1998年)プレイして帰国。1999年、バスケットボールから引退。
2000年4月に、早稲田大学第二文学部に入学。現在は、学生。
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