―――真の格闘家は何をめざす?

太田 章
【インタビューを読まれる前に――太田章氏の基礎データ】
 1957年、秋田県秋田市に生まれる。小学校時代は、スポーツ万能で、器械体操のクラブに参加。中学から柔道に熱中し、秋田県で優勝。秋田商業高校に進んでからはアマチュア・レスリング(フリー・スタイル)に転向。高校1年の時にインターハイ団体優勝に貢献したほか、国体2年連続優勝、3年では、75キロ以上級でインターハイ、大学生を破り、全日本ジュニア選手権優勝、世界ジュニア選手権3位 。
 早稲田大学教育学部教育学科体育学専修に進学し、大学選手権に82キロ級で3年連続優勝。在学中に1980年のモスクワ・オリンピック代表選手に選ばれるが、日本のオリンピックボイコットで出場できず。4年後の1980年ロサンゼルス・オリンピック90キロ級に出場し、日本で初の重量 級メダリストとなる(2位=銀メダル獲得)。

 ロスオリンピックのあと、いったん引退を表明するが、復活して1988年のソウル・オリンピックに出場。準決勝戦で肋骨を骨折しながらも、ふたたび90キロ級で銀メダル獲得。さらに4年後のバルセロナ・オリンピックにも出場し、日本で最初(現在のところ唯一)のオリンピック4大会代表レスリング選手に選ばれるという快挙を達成。さらに4年後、39歳でアトランタ・オリンピックをめざすが、国内予選に敗退して出場できず、引退。

 その後、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科助教授として、主としてバイオメカニクス、スポーツ方法学の研究に従事。研究生活、教鞭生活のほか、スポーツ新聞や雑誌で、格闘技評論、コラムを執筆。極真流空手でも指導的立場にあり、前田日明の主宰するリングスの審判(採点者)を務めるなど、さまざまな格闘技にかかわっているほか、現在でも、アマチュア・レスリングをつづけ、昨年の世界レスリング・ベテランズ(マスターズ)選手権では、45-41才の部97キロ級で見事優勝。人気テレビ番組『筋肉番付』の初代力持ち(綱引き)チャンピオンでもある。


・オリンピックでの勝利は「運」?
・レスリングに基本など存在しない?
・精神主義ではレスリングを楽しめない
・非合理的精神論から科学的スポーツへ
――新しい時代の幕は開くか?
・インタヴューを終えて


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