
―――素晴らしき体操の世界
朝日生命体操クラブ監督 塚原光男 |
【インタビューを読まれる前に――塚原光男の基礎データ】
1947年東京都生まれ。1970年に日本体育大学卒業後、河合楽器に入社。
1968年メキシコ、1972年ミュンヘン、1976年モントリオールのオリンピックに3回連続出場し、すべて男子団体金メダル獲得に貢献(1960年ローマ大会、1964年東京大会以来、日本男子体操はオリンピック5連覇の偉業を達成)。個人種目でも、鉄棒競技で2大会連続金メダル獲得(ミュンヘン、モントリオール)。ほかに、つり輪・銅メダル(ミュンヘン)、跳馬・銀メダル/平行棒・銅メダル(モントリオール)を獲得。世界選手権にも、1970年リュブリアナ(ユーゴスラヴィア/現在のスロベニア)、1974年バルナ(ブルガリア)に出場し、いずれも団体優勝。日本男子団体の世界選手権5連覇(1962年プラハ大会1978年ストラスブール大会)に貢献。個人種目でも、跳馬で世界チャンピオンとなる(1970)。
このような輝かしい成績以上に、跳馬で「塚原跳び」、鉄棒で「ムーンサルト(月面
宙返り)」といった新しいオリジナルの技を編み出したことで、世界の体操界の進歩に貢献した功績は大きい。
1979年朝日生命体操クラブの監督に就任。夫人の千恵子さん(旧姓・小田千恵子)は、メキシコ・オリンピック、リュブリアナ世界選手権の日本女子代表選手(いずれの大会も女子団体総合4位
)で、1969年の全日本女子総合優勝者。夫人と二人三脚で、森尾麻衣子、望月のり子らの女子体操オリンピック選手を数多く育てあげた。
子息の塚原直也(2000年3月明治大学卒業後、朝日生命入社)は、1996年の全日本選手権男子個人総合で、史上最年少(19歳)の優勝。以後、4連覇(1999年)を記録。国際大会でも、アトランタ五輪個人総合12位
(1996年)、世界選手権個人総合3位(1997年・ローザンヌ)、2位(1999年・天津)の成績をあげ、2000年シドニー五輪の金メダル候補として期待されている。
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