【体操競技の妙味――それは、身体技術の追求】

――体操競技というのは、人間の身体の動きの「不可能への挑戦」ではないのですか?
塚原 一見、そのように見えますが、じつは、そうではないのです。

――しかし、かつては1回転で着地していたのが、2回転になり、3回転になり……と、進化していますよね。それは、不可能に挑戦した結果、可能になったのでは……?
塚原 そういう言い方も間違いではないでしょうけど、おもしろいことに、不可能と思えるような技――たとえば鉄棒での着地の3回転とか、床運動での2回ひねりを、誰か一人の選手が行ったとすると、すぐに多くの選手が、その技を次々とマスターするようになるでしょう。

――ええ。それも、不思議なことです。東京オリンピックで「山下跳び」が「ウルトラC」と騒がれていたのが、あっという間に誰もが「山下跳び」を行うようになり、その後「塚原跳び」が生まれ、それも誰もがマスターし、いまでは、跳馬で3回転とか、3回ひねりの「スーパーE」が騒がれています(註・体操競技では、技の難易度が、易しいものから難しいものへ、A、B、C、D、Eで表されている)。
塚原 そのような技が、一人の超人的な選手の超人的な身体によって生まれたものなら、誰もがマスターするというわけにはいかないですよね。でも、体操の技というのは、そういう超人的なものではなくて、じつは合理的なものなのです。人間の身体を合理的に動かす技術を見つければ、3回転とか、3回ひねりという、一見超人的と思える技も、誰もができるようになるのです。その合理的な身体技術を発見する、というのがポイントで、一度、誰かがその技術を発見したら、それは合理的な技術ですから、誰もが真似できる、というわけです。

――なるほど。人間というのは、誰もが同じ構造の身体を持っているわけで、スーパーマンは存在しない、というわけですね。
塚原 スーパーマンが出てくれば、彼ひとりが金メダルをとって、体操がスポーツとして成り立ちません(笑)。ですから、体操競技というのは、すべてが技術なんです。身体を動かす技術。人間の身体にとって可能な動きを、技術的に発見するのが体操です。たとえば、倒立というひとつの単純な動作をするのも、技術なんです。両方のてのひらで身体を支え、手首から肘、肘から肩、肩から腰といった部分を、一直線に保つ技術があるのです。その技術をマスターすれば、誰でも、何時間でも、逆立ちをし続けることができるのです。それを行うためには、並はずれた骨とか筋肉とかは、必要ありません。普通の筋力さえあれば、あとは技術をマスターすることによって、倒立以外のいろんな技もできるようになるのです。  ですから、体操競技をテレビで見るときなんかでも、ようく見ていただくと、倒立や鉄棒の大車輪といった単純な技でも、すごく上手い選手と下手な選手のいることがわかります。無理のない合理的な身体の動かし方の技術をマスターしている選手と、無理をして力でねじ伏せている選手。その違いが、なめらかさとか、美しさの違いでわかるはずで、それがわかるようになれば、体操競技がもっと楽しめるはずです。

――お話を聞いていると、合理的に身体を動かしさえすれば、スーパーEの技でも、なんだか簡単なものに思えてきます(笑)。
塚原 簡単ではないですけど、人間の身体にとって不可能なことをやるわけではないのです。体操競技での身体の動きを、細かい要素に分けると、跳びはねること、回転すること、ひねること、ぶら下がって揺すること、そして、身体を静止させて維持すること。それの組み合わせでしかないのですから。とくべつ無茶なことをしているわけじゃないのですよ。

――たとえば、塚原さんが、「塚原跳び」を編み出されたのは、どういうきっかけだったのですか?
塚原 それは、遊びのなかから生まれました(笑)。練習中ではなくて、体操の仲間と練習を終えたあとに、着地の練習用のウレタン・マットのうえで跳んだりはねたりして、こんな技はできないかとか、キャッキャッと遊んでいるときに、踏み切って跳馬に手をつく前に身体をひねったらどうだろう……とか思い始めて。というのは、私は「山下跳び」が下手で、高く、遠くへ跳ぶことができなかったんです。それは、足が遅くて助走が速く走れなかったこともあったのですが、だったら、助走で勢いがつかないのなら、最初から身体をひねってやれ……と。そうすれば、跳馬に手をついたあと、もう一回転できるぞ……と。

――逆転の発想ですね。
塚原 まあ、そうですけど、そんな難しいものじゃなくて、遊んでるなかから生まれたんですよ(笑)。

――ムーンサルト(月面宙返り)は?
塚原 それも、遊んでいるときでした(笑)。ムーンサルトは、鉄棒の回転で着地するときに、勢いをつけて回転するだけじゃなく、ひねりを入れられないかと思ったんです。ふつう、ひねりを入れると回転のエネルギーにブレーキをかけてしまうことになるのですが、回転運動を妨げないひねりの入れ方というのをやってみようと……。そこから、後方二回転一回半ひねりという技になったのですが、回転のエネルギーを無理なくひねりに取り入れた身体技術という点で、いまでも高く評価されているのは、うれしいですね。

――それも、結果的な身体技術は合理的でも、発想は不可能を可能にするような逆転の発想といえますね。
塚原 かもしれません。ですから、最近では、三回ひねりという技が出てきて、一回転三回ひねりに挑戦する選手もいますが、それは、ひょっとして、一回転ではなく、二回転した方が、より楽に三回ひねりができるかもしれないのです。回転のエネルギーをひねりに利用するなら、回転を多くしたほうが、ひねりも数多くできるのでは……という発想です。身体の構造と動かし方を合理的に考えると、数字は1,2,3……と順序よく並ばないかもしれません。でも、そういう新しい技も、子供たちが鉄棒にぶら下がって遊ぶときに、どうすれば遠くまで飛べるかと考えるのと同じで、楽しくておもしろいから考えるんですよね。スポーツはすべて遊びですから。体操も例外じゃないですよ。

――新しい技というのは、コーチが創るものですか? それとも、選手が創るものですか?
塚原 それは、もう、選手が創るものです。じっさいに身体を動かさなければ創れません。コーチは、基本動作を教えることと、ミスを指摘することと、精神面をケアすることくらいですね。私が、いま口にしているのは、ただの理屈です(笑)。選手が技を創って、みんなが驚いて、審判も驚いて、得点の付け方やルールを変更して……というのが、体操の歴史です。

――でも、選手が新しい技を創るときの発想というのは、やはり頭で考えるのですよね。
塚原 さあ……どうでしょう……。身体も動かしながら考えてましたから……。

――身体をこのように動かしたいと、頭のなかで考えているわけですよね。
塚原 それは、そうですけど、身体のほうが、それはこうすれば……とか、いってくれることもありましたよ。

――競技の最中は、頭のなかで考えながら身体を動かされたのですか。それとも、身体が勝手に動いたのですか?
塚原 うん……どっちだろう……。そんなこと、考えたことがないから(笑)。どっちもかな……。うん、そもそも、頭と身体を切り離して考えちゃいけないんですよ。二つが揃って人間なんですから(笑)。

――たしかに、そうですね。ところで、今後の豊富というと、やはり直也君の金メダル獲得ということに……。
塚原 いや、それは、直也のやることですから。私は、なんとか日本中で体操がさかんになる方法を考えて、実践したいですね。体育館は各地方にたくさんあるのですから、それを使って誰もが楽しめる体操教室をはじめるとか、いまもこのクラブ(朝日生命体操クラブ)では、3歳児からの体操教室をやっているのですけど、それを2歳児からやるとか……。まだオムツのとれないような子供に何を教えるのかといわれそうですけど、思い切り転げ回って遊ばせればいいんですよ。転げ回って楽しく遊ぶことが、体操の原点なんですから。そして、そういう体操クラブが日本中に数多くできて、ドイツ人が楽しんでいるように、自分もちょっと身体を動かしてみたり、ビールを飲みながら競技大会を見物して、「ウン、あいつの倒立は、なかなか上手いぞ」なんて会話を楽しめる体操ファンが生まれてくるようになれば、素晴らしいのですが……。
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