【現代体操先進国――中国とロシアの違い】

――直也君は、まず中国人のコーチの指導を受けたということですが、その偶然の出逢いとは、どういうことだったのですか?
塚原 直也が体操をやるといいだした小学4年のころ、ちょうど私が、ロシアか中国のやり方を学ばないとダメだなあ……と思っていたころ、まったくの偶然だったのですが、中国で8番目の成績で、ナショナル・チームの選手団から落ちた選手が来日したのです。体操の団体は7人で1チームですからね。そこから落ちた8番目の選手が、現役を退いて語学留学で来日して、ウチのクラブ(朝日生命体操クラブ)に、ひょっこりやってきたのです。ええ、ほんとに、ぶらりという感じで、訪ねてきたのです。何か、やれることがあれば、手伝わせてくれ、といって。そこで事情を聞いて、身分を照会したら、なかなかの選手だったことがわかったので、すぐに手続きをとって、直也やウチの選手を見させることにしたのです。

――そういう出逢いって、あるものなんですね(笑)。
塚原 ええ。求めよ、さらば開かれん、ですかね(笑)。

――その中国式のコーチング法はいかがでした?
塚原 はっきりいって、いま考えると、あまり素晴らしいといえるものではなかったですね。中国でやっていたとおりのことを教えてもらったのですが、まず、練習量がものすごく多いのです。時間も長い。筋力トレーニングなんかも、すごくやります。その結果、直也の身体が鍛えあげられたのは事実で、それはそれで悪くないのですが、ちょっと筋力中心の力まかせ、という印象が強いです。技を行うときも、筋肉の力で押し切ろうとする。

――でも、そのやり方で、中国は世界トップクラスにのしあがったわけですよね。
塚原 はい。でも、最近、中国の選手が全体的に伸び悩んでいることも事実なんです。それは、はっきりいって、力に頼ることの限界といえます。でも、まあ、それも、世界一流になるためのひとつのやり方ではあるわけで、そんな中国のやり方を教わったことはマイナスにはなってないと思います。結局、中国のコーチには、5年間くらい教えてもらったのですが、アンドリアノフにコーチを頼んだのは、そのあと、直也が高校(明大中野高校)の2年になったころのことでした。

――そのときは、アンドリアノフに、正式にコーチを依頼されたのですか?
塚原 いえ、彼との出逢いもまた、偶然のようなものでした(笑)。というのは、ある日とつぜん、私にアンドリアノフから電話がかかってきましてね。「元気か、最近、どうしてる?」というような電話だったのです。彼は、そのとき、体操のコーチとして、世界中のいろんな国をまわっていたのですが、ちょうど仕事が一段落というか、コーチの仕事がなくなったときのようで……。

――日本の体操界に、自分を売り込みたかった、というわけですか?
塚原 さあ、どうでしょう……。彼は、一言も売り込むような言葉はいいませんでしたけどね(笑)。

――でも、ソビエト連邦が崩壊したあとで……。
塚原 ええ。彼にも、いろいろ事情はあったでしょうね(笑)。でも、中国式の練習も、そろそろ変えなければ……と思っていたときでしたから、私のほうから、日本でコーチをする気はないか……と訊いて、オーケーだというので、すぐに1年契約を結びました。

――アンドリアノフの指導法はいかがでしたか?
塚原 それは、なかなか見事なものでした。さすがに元世界チャンピオンの理論は合理的で、身体の使い方とか動かし方など、すべてが理にかなっているんです。人間の身体の関節や筋肉の構造から、無理のない動きをすれば、難易度の高い技でも無理なくマスターできるという考え方で、直也が、ちょっとでも「手首が痛い」というようなことをいうと、「それは、手首の使い方が悪いからだ」とか、「倒立の姿勢が悪いからだ」というような答えが返ってきました。合理的な身体の動かし方をしていれば、無理なく身体は動き、痛みも故障もでない、というのが彼の考え方で、そういう身体の動かし方や身体の姿勢の基本動作を教えてくれるわけです。

――それは、中国式のやり方よりも上といえそうですね。
塚原 そうですね。引退した一流の体操選手が、よく「腰も肘も手首も、もう、ボロボロで……」などと発言したりしていますが、それは技術が未熟で完成していなかった、ということです。じっさい、アンドリアノフ自身は、いまでも身体の故障はどこにもない、といっています。アンドリアノフの指導法を100パーセントすべて認めているわけではありませんし、もっとほかの方法もあるとは思います。が、その考え方や基本の技術論は見事で、1年契約のコーチが、アトランタまで、世界選手権まで……と更新し続けて、シドニーまで続くことになりました。

――アンドリアノフの理論は、理屈のうえでは理想として理解もできますが、体操競技というのは、空中で2回転も3回転もしたり、2度も3度も身体をねじったりして、着地の衝撃もかなりのものですよね。ある種、人間の身体の限界に挑戦しているわけですよね。それで、身体が痛まないというのは、信じられない気もしますが……。
塚原 ですから、「体操は人間の身体の限界への挑戦」という考え方が違うのですよ。世界選手権などで、体操の高度な技を見ると、一見、人間の身体にとってまったく不可能な超人的な動きを行っているように思えます。が、じっさいは、人間の身体にとって可能な合理的な動きをしているのです。そういう動きを次々と発見しているのが体操競技なんですよ。
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