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PN:往年のチアリーダー
「さようなら阪急西宮スタジアム」

 口惜しいことに、最後の西宮スタジアムに行けなかった。関西学生アメフット、最下位争いでもある母校同大ー大産大の試合。そして甲子園ボウルを賭けた立命ー関学の試合。取り壊されるスタジアムでの学生リーグ戦、ラストゲームだったのに・・・。
 結果は同大ー大産大は引き分け、共に2部リーグとの入れ替え戦行きに。夜中にTV放送もされていた頂上決戦は、立命が圧倒的な強さを見せつけ、勝った。
 とにかく立命はパワーに溢れていた。高校日本一に輝いたQB高田(大産大高)など、実力のある選手を揃え、ずば抜けて強いチームに仕上がった今シーズン。
 一方、関学は昨年日本一に輝いたときのQB尾崎(ルックスも◎)を擁した。今年は4回生、その技でも集大成かと思っていたが、アメフトはあくまでも組織プレー、この秋は思わぬミスの目立つゲームが多かった。しかもラストゲームの関学は立命に48失点、34点差という、同校にとっては記録的な大敗だった。
 こんなに弱いKG(関学)を見る日がくるなんて。私が学生のとき、関学はとにかく強くて人気があった。神戸のボンボン集団はスマートなパス攻撃主体で強かった。チアリーダーもカッコよかった。当時流行りのブランド「BIGI」のスタジャンを羽織り、大勢で華麗に舞い踊った・・・うちはいつも4〜5人でちんけに応援していたのに。(そこに東海を擁する京大が台頭、「ギャングスターズ」っていう名がピッタリの奴らは、素朴な丸坊主集団だった。)
 立命は当時から、ちょっとガラの悪い集団だった。今ももちろんKGはカッコイイ。でもスマートなボンボンではもう勝てないな、とラストゲームを見て思った。でも勝ちたかっただろうな、KG。地元西宮での最後の試合・・・。
 私は一度だけ阪急西宮スタジアムのグラウンドに足を踏み入れたことがある。あれは忘れもしない高校1年の秋、阪急ブレ―ブスのファン感謝デー。当時、エース山田、福本、加藤秀司が看板スター選手だった阪急。彼らの背番号のハッピを着た熱狂的ファンたちがグラウンド狭しと駆け回っていたのをよく覚えている。甲子園の準優勝投手として入団したばかりの高知商・森浩ニ投手もミーハ―ファンに囲まれていた(その後、大成しなかったが)。
 せっかく行ったファン感謝デー、「うちらも誰か選手と握手をしよか〜」と言っていたら、暇そうな一人の選手を見つけた。現阪神タイガース投手コーチ・佐藤義則投手だった。その愛想の悪さ・・・
 おそらくよほど成績が悪いシーズンで虫の居所が悪かったのだろう。握手をしてもニコリともしない佐藤に、はじめてプロ野球選手を目の前にした高校生の私は戸惑った。
 「しなきゃよかった、あんなオッサンと握手なんて・・・」 
 でもその後佐藤はみごとに復活し、プロ野球最年長選手になるほど息の長い選手になった。
 「私と握手して、彼はラッキーもらったんよ、きっと!」
 この年まで、握手したことのある野球選手は佐藤義則だけ。だからよけいに忘れられない、阪急西宮スタジアムなのである。
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